旅の終わり−1


12月26日、カルデアでは1日遅れのクリスマスパーティーが盛大に開かれていた。
25日ではなかったのは、この日に謎のシュメール熱という熱病がスタッフやサーヴァントたちを全員倒れさせたからであり、唯一倒れなかった唯斗はカルデアの保守、立香とアルテラはキャスター・ギルガメッシュの強引なレイシフトで2016年の冥界へと下った。
まさかの冥界下りにて、立香はあのバビロニアの戦いで神としての権能を大きく損なっていたエレシュキガルと再会し、冥界を復興させその時空が2017年に到達すれば縁ができる、ということで、無事に熱の原因となっていたネルガルを倒してきた。

そんなすったもんだは、まさに最後までカルデアらしい非日常だったと言える。

そうして復活したスタッフとサーヴァントは、26日に盛大にクリスマスパーティーを催した。
それというのも、翌27日にすべてのサーヴァントが退去することが決定されていたためだ。査問団が31日に到着するが、その前に地下炉心を完全に停止し、サーヴァントの現界を維持する魔力をすべて停止するのである。

これによって、カルデアに残るサーヴァントは、最初からいたダ・ヴィンチ、イレギュラーで赴任したホームズ、そしてそもそも還る場所がないアーサーの3騎となる。
アーサーについては、とりあえず査問までは現界を保ち、新体制で改めて協議する形になっている。

普段は宴会に参加しないようなサーヴァントたちも出席して大騒ぎしたあと、ついに、別れの時がやって来た。


***


12月27日、その日は朝から、立香とマシュ、唯斗はあちこちを歩き回っていた。退去するサーヴァントたちの挨拶を受け、挨拶をしに行き、というのを全員分やっているためだ。マスター二人の負担を減らすためにも、サーヴァントたちはなんとなく、退去するタイミングをずらして調整してくれているが、そういうことをしない唯我独尊なサーヴァントたちもまた多くいる。なんなら、26日のうちに退去した者もいた。

アーチャーのギルガメッシュが退去するということで慌てて挨拶をしに走ったあと、唯斗はいよいよか、と気を引き締めながら食堂へ向かう。
ここまで立香のサーヴァントたちに挨拶していたが、唯斗のサーヴァントの中で最初に退去する英霊の時間となったのだ。


「エミヤ、悪い。待たせた」

「いや、大した時間ではないさ。あの英雄王が誰かに配慮するような者ではないことも分かっていたしな」


食堂のカウンターに凭れて待っていたのはエミヤだ。厨房はすでに、2年前の爆破事故の直前の状態に戻されており、ここで英霊たちが腕を振るった形跡は一切残っていない。タマモキャットはすでに昨日のうちに退去した。


「…、」


何を言えばいいか分からず、唯斗は思わずエミヤを見上げてしまう。
アーサーを例外とすれば、唯斗にとってのファースト・サーヴァントとはエミヤだ。これまで最も長く、唯斗のことを支え、守ってくれた。

何を言おう、というのはまとまらないままこの日を迎えてしまっていて、伝えたいことはたくさんあるはずなのに、何も出てこない。こういうときに気の利いたことを言えるほど、唯斗のコミュニケーション能力は向上していないようだ。

すると突然、エミヤはぽん、と唯斗の頭に手を置いた。

優しく労るようなそれに、ふと、召喚して最初にシミュレーターで訓練をしたときにも同じように頭を撫でられたものの、あのときは雑な撫でられ方だったのを思い出す。


「ふっ、初めて共に訓練したときは、確か身長差のことでぶすくれていたな」

「そんなこと、」


身長差を遠回しにからかわれて憮然としたのもそのときで、当時はエミヤの手を振り払っていた。

思い出すと同時に、ぽろ、と目から雫が零れる。


「っ、エミヤ…、」

「随分と、感情を豊かに表に出せるようになったな」


その声も、撫でる手つきも、ずっと優しいものになっていた。そして相対する唯斗もまた、感じている感情はずっと深くなっていた。
エミヤにそっと抱き寄せられると、唯斗は応じてその広い背中に手を回す。鎖骨あたりに顔を押しつけるようにして抱きつくと、エミヤは小さく笑った。


「君は本当に、素敵な人間に成長した。だがそれは、君に最初からずっと備わっていたものだ」

「最初から、って…あの頃の俺は、マジで無気力などうしようもない人間だったのに」

「いいや。君の優しさも誠実さも、最初から感じ取れていた」


目から溢れるものは量を増していて、感情が言うことを聞かないかのようだった。ただ、嗚咽を伴うような強いものではない。淡々と、溢れた分が零れていくだけだ。きっと、この1年をかけて、このときを覚悟していたからだろう。
溢れる感情は深いが、激しいものではなかった。


「…俺は守護者として、この世界がろくでもないものだという側面も知っている。それを機械的に片付ける掃除屋でしかない俺が、こうやって感情を揺らしてしまっているのは、他ならぬ君が相手だからだ。そんな君ならば、納得のいく結末を選び取れるだろう」


自嘲気味に、自分は体のいい掃除屋だと言ったエミヤに対して、唯斗はなんであれ自分にとっては初めて召喚に応じて、最も長く守ってくれた大事な人だと述べた。後頭部を撫でるエミヤの手は、少し震えている気がした。


「っ、うん、ありがとう、エミヤ。ずっと、支えてくれて。俺の召喚に応じてくれて」

「あぁ…名残惜しい気もするが、これでお別れだ。ちゃんとバランス良く食事をするように」


そう言うと、エミヤは体を離す。同時に、金に輝く光の粒子を纏った。
最後までエミヤらしい言葉に、唯斗は目元を拭ってから精一杯微笑む。


「俺さ、エミヤの料理の中で、やっぱ味噌汁が一番好きだったよ」

「…!そうか」


それを聞いたエミヤは、ふっと破顔する。ふわりと笑ったその笑顔は、エミヤにしては珍しい、他意のない柔らかなもので、彼自身の生来の気質が見えるような、少し幼いようなものだった。


「唯斗、我がマスター。君がこれからも健やかな人生を送るよう祈っているよ」

「…ありがとう、優しい守護者。俺の、初めてのサーヴァント」


その笑顔を最後に、エミヤは完全に消失した。あとには空虚な食堂のカウンターだけが残っている。白々しく、まだ残ったままのクリスマスの飾り付けだけが賑やかだった。


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