旅の終わり−4
食堂を後にして自室に向かって歩いていると、廊下の途中でサンソンに出くわした。サンソンの方から唯斗を探してくれていたようだ。
「サンソン、悪い。俺が部屋に呼んでたのに」
「こちらこそ急かすようですみません」
唯斗はサンソンと並んで廊下を歩きながら部屋に向かう。廊下の途中で立ち話をしようものなら、道行く英霊たちにどんな無様な顔をさらすか分からない。
「マリーたちと一緒じゃなくて良かったのか?」
「昨日のうちに挨拶は済ませました。あなたとの時間を大切にしたかったですし、マリーにも怒られてしまいます」
「マリーに怒られるから俺と二人になってくれたのか?」
少しからかうように言えば、サンソンは困ったように微笑んでこちらを見下ろす。
「セイレム以来、ちょっと当たりが強くなりましたね」
「そうか?」
「ええ。でも、そういう吹っ切れた等身大なところを見せていたのは、騎士王やガウェイン卿に対してくらいだったでしょう。僕にもそうしてくれて嬉しいです」
最後の最後で嫌がらせてしまった、と思う隙もなく、サンソンはそんなことを言ってきた。確かに、ガウェインやアーサーに対するものに近しい会話だったかもしれない。
「でも俺、サンソンには結構最初から甘ったれてたけどな。めっちゃ遠慮なく野菜食わせてくるし」
「僕の息子の反抗期に比べれば遥かにかわいらしかったですよ」
「この顔で子持ちって…いまだに変な感じだな」
爽やかな青年の見た目なのに、しっかりと子供を育て上げて後を継がせているのだと思うと不思議なものだ。サンソンの場合は体の全盛期として召喚されているためである。技術的には老齢の頃合いの方が優れていただろうが、それではあの大剣を振って飛び回ることは難しい。
そんなことを話すうちに部屋に着くと、サンソンを中に招き入れる。すぐに、アウラードたちがやはり出迎えてくれた。
適当にいなしながらベッドに並んで座ると、2匹はいつも通り遊びだし、一番甘えたな1匹が唯斗の膝に飛び乗った。その羽の生えた背中を撫でてやりながら、隣の男を見上げる。
「なんか、セイレムのすぐあとのこと思い出すな」
「…その節は申し訳ありません。記憶のない僕が謝ることではないかもしれませんが、同時に、今の自分でもそうすると思ってしまったものですから」
「いいよ、もう。欲しい言葉はもうもらえた」
死は明日への希望なり。
では、死後の世界であるこのカルデアでの日々は、サンソンにとって希望となり得たのか。その答えは、セイレムのあとに伝えてくれた。
サンソンとは、別れに向けての言葉を比較的最近に交わしたばかりだ。セイレムの事件から1ヶ月と経っていない。
それがあまりにも一瞬だったことが無性に寂しくて、唯斗は左側に体を凭れさせる。サンソンの肩に頭を乗せると、サンソンは慣れたように唯斗の肩を抱いた。
しばらく沈黙が落ちる。エミヤのときと同じように、唯斗は何を言えばいいのか分からなくなったが、先ほどサンソンも「等身大の方が嬉しい」と言ってくれたため、思い切って口を開く。
「…なぁサンソン。モンマルトルの丘にある、サンソンの墓に行ってもいいか?」
「あぁ…そういえば、墓参りができるのは、あなたのサーヴァントでは僕とオジマンディアス王、森殿くらいでしたね」
サンソン、オジマンディアス、長可に関しては、その墓地が残っている。他のサーヴァントたちは、出生地すら定かではなかったり、神代の戦士であったりと、とても墓参りなんてことができる相手ではない。そもそも死んでいない者すらいる。
ぽつりと漏らした唯斗の言葉は、今日という日の別れを引きずって生きていくようなものであったため、少し重かったかもしれない。
しかしサンソンは微笑むと、より深く唯斗を抱き締めた。
「ずっと忘れないで生きていて欲しい、なんて思ってしまうずるい僕を許してください」
ああそうだ、愛の重さでサンソンに勝てるわけがない。唯斗は内心で苦笑すると、唯斗からも深く抱きついてみる。
サンソンのために涙を流すのは、もうセイレムのときに散々やったことだ。だからだろうか、今は涙ではなく、笑顔を見せることができた。
「忘れられない。それに、忘れない。あなたの生き様も、願ったことも」
唯斗の返答を聞いたサンソンの方がむしろ、声を震わせた。
「死後にして初めて、グランドオーダーという正しい行いに身を奉ずることができました。そして、あなたに僕という存在をすべて受け入れてもらえました。あなたがいつも、僕の剣を正しくしてくれました。それは、死に希望を抱いて死んだ僕にとって、その希望に他なりません」
「っ、サンソン…」
サンソンはそう言ってから立ち上がる。唯斗も一緒にベッドから起き上がり、シーツにアウラードを優しく置いてやる。
「…フランスに生きた人間として、あなたと共に戦えて良かった」
「僕もです。あなたと明日の希望を切り開く旅ができたことを、僕はいつまでも、誇りに思います」
そうして、サンソンは光に包まれる。退去の光の中で、サンソンは最後に綺麗な笑顔を浮かべた。
「Bonne chance.あなたの未来に輝かしい希望があらんことを」
サンソンが消え、部屋はまた無機質な白さを取り戻す。エミヤに続く別れに、少しずつ、喪失感が積み重なっていくようだ。
それに耐えるように拳を握ってから、テーブルに置いた白百合の押し花でできた栞を手に取った。そして、一滴だけそこに落ちた雫を丁寧にティッシュで拭き取った。