旅の終わり−5
白百合と同じタイミングで押し花の栞にした赤いバラを撫でていると、約束していた人物が扉を開けて自室に入ってきた。
「マスター…!」
「ディルムッド、って、うわ、」
ディルムッドは中に入ってくるなり、大股で唯斗に近づいて、おもむろに唯斗を抱きしめた。大仰な動きと困惑する唯斗に、アウラードたちがこちらを見上げて「処す?」とでも言いたげにしている。
とりあえずディルムッドの背中を撫でながら抱きしめ返せば、アウラードたちは遊びに戻り、ディルムッドも落ち着いたようにわずかに体を離して唯斗を至近距離から見下ろした。
「あぁ、マスター…ついにこの時が来てしまいました…」
「…ふは、そんなあからさまにされると、逆に冷静になるな」
エミヤとサンソンが感情を抑えていたのに対して、ディルムッドは思い切りそれを露にしてくれたため、呆気にとられた唯斗は思わず吹き出してしまった。
ディルムッドは気を悪くしたようではなかったが、困ったように笑う。
「情けないことは百も承知です。しかし、私は隠したくなかった。あなたと離れることがこんなにも苦しいのだと明らかにすることが、私のあなたへの想いを端的に表すことにもなると思ったからです」
「あぁ…俺も、それくらい分かりやすくしてくれる方が助かる。察するのとか、あんま得意じゃないしな」
「…あなたはいつも、私がどれほど情けない姿を見せようと、変わらず私を頼りにしてくださった。鼓舞してくださった。私の宝具を強化するべく、私の内心をシミュレーターで再現したときもそうでした」
ディルムッドとの距離が決定的に縮まったのは、間違いなく、ディルムッドの内心に仮想ダイブしたときだ。
宝具がいまいち力を発揮していないように見えた理由がディルムッドの心にあると踏んだ唯斗は、シミュレーターを応用展開することで、ディルムッドの心象風景へと疑似レイシフトした。
「ある程度の危険が伴うと分かっていても、あなたは、全力でグランドオーダーに取り組まなければならないのだから、リスクを冒す覚悟を決めるよう告げました。その前からあなたはマスターとして立派なお方だと思っていましたが、まだ年若いマスターの覚悟の強さにハッとさせられたのは事実です」
危険だろうとなんだろうと、全力を出さなければ承知しないと唯斗はディルムッドに述べた。ディルムッドはそれをきっかけに、唯斗とともに心象風景へのダイブを決めた。
「そしてあなたは、自身の無意識の感情を前に動揺する私に、共に戦うから勝てと𠮟咤してくれた。私の騎士としての矜持を尊重しつつ、隣で戦うために自分がいるのだと」
「…そうだな。でも、俺が何かしてやった、なんてことばかりじゃない。むしろ、ディルムッドには散々守ってもらった。召喚して初めての特異点だった第三特異点から第七特異点まで、ディルムッドにずっと守ってもらってきた。戦ってもらってきた。俺に対して、いつも心から向き合って、言葉をくれて、態度にしてくれた。そんなディルムッドだから、俺はディルムッドには安心して頼ることができた」
先ほどもそうだが、ディルムッドはいつもまっすぐに向き合ってくれた。心の内を明らかにして、あえて感情を隠さないでいてくれた。おかげで、唯斗はディルムッドには頼りっぱなしでも大丈夫だと思えるようになった。
ディルムッドなら大丈夫、と思えることがたくさんあったのだ。
ディルムッドは唯斗の言葉に微笑むと、また改めて唯斗を抱きしめる。その逞しい肩に頭を預ける。
「理想のマスターのもとで正義のために戦うことができた。それがどれだけ嬉しかったか。あなたという素晴らしいマスターのもとで我が槍を振るえたこと、サーヴァントとしてあなたと旅ができたこと。その幸運だけで、どんな不運をも相殺できましょう」
耳元で囁くようにディルムッドが言うのと同時に、唯斗の首筋に温かい水滴が落ちる。唯斗も、ディルムッドの肩に目元を埋めた。
そして、徐々にディルムッドの体が光の粒子に包まれ、輪郭がぼやけていく。
「どうか、どうか幸福な日々を。これほどまでに誰かの幸せを願ったことはありません。そしていつか、私というサーヴァントがあなたに会えたことをこの上なく幸せに感じていたのだと、少しでも思い出していただけたら嬉しい」
「うん、ずっと忘れない。あなたに幸せを願ってもらえたんだっていう、俺にとっての幸運も、ずっと」
最後にディルムッドはわずかに体を離すと、すぐ近くで唯斗の顔を、心から愛しいという表情で見つめた。もう、その顔も光になろうとしていた。
「いつまでも、あなたの幸福を願っています」
その言葉とともに、ディルムッドの姿は空中に霧散する。腕の中にあった温もりが消えて、そのまま、唯斗は自分の体を抱くように腕をぎゅっと胸元に押し当てる。
「…ありがとう、俺の
槍兵」