旅の終わり−6


ディルムッドに別れを告げたあと、唯斗は再び食堂に向かっていた。
そろそろ、海賊たちやギリシア神話の者たちが退去する時間のためだ。

途中の廊下でケイローンに挨拶をし、アタランテやヘラクレスとも一言かわすことができた。

そうして食堂に到着すると、「退去前の一杯」を盛大に飲んでいるドレイクの姿があった。
さらに、立香とマシュがエウリュアレ、アステリオスと別れの言葉を交わしており、ヘクトールは立香を待って適当な椅子に座っている。恐らく、アステリオスのたどたどしい言葉を待ってやっているのだろう。

唯斗はヘクトールの隣に腰かけた。


「おや、唯斗さんじゃないの。こんなオジサンの隣に来るなんて」

「立香たちの邪魔したくないし、ドレイクに絡まれるのもって思って」

「なんだい、あたしの酒が飲めないってのかい」


そう遠くない椅子に座っていたドレイクは楽しそうにジョッキを煽った。ヘクトールは呆れたようにそれを見てから、唯斗の頭をぽんと撫でる。


「結局、オジサンが味方として召喚された特異点なんてなかったねぇ」

「第七特異点で俺のこと守ってくれただろ。マジでヘクトールがいなかったら死んでた」

「なんだかんだ、ほかのサーヴァントが間に合ったとは思うけどなァ。ま、やっと英雄の本懐ってのを見せられたんならよかったですよ」


英雄の本懐、確かにそうだ。第七特異点、冥界での最後の戦いにおいて、ティアマトの11人の子供たちとの戦闘で唯斗はヘクトールに命を守られた。ヘクトールは文字通り命がけで槍を投擲し、唯斗を守って力尽きた。


「…あんたは、第三特異点の敵であったとはいえ、俺にとって初めて出会った憧れの英雄らしい英雄だった。同じく、英雄らしい英雄ではなかったけど人としての限界に挑んだ星の開拓者であるドレイク、初めて出会った神霊であるエウリュアレ…人の営みって本当に多様性に満ちてるんだなって思った」

「そりゃそうさ!あたしみたいな海賊が英霊なんてものになっちまってるんだ。しかも、世界を救う戦いときた。ほんと、この世界は面白おかしいったらありゃしないよ」


豪快に笑ったドレイクは、ジョッキをテーブルに置くと、思いのほか優しい目で唯斗を見つめた。


「あたしは、第三特異点の記憶はないし、あんたに関しては、カルデアでは酔っぱらって男どもにやらしい目を向けられてるとこくらいしか見てこなかったけどさ」

「不本意だな」

「はは、まぁそれでも、あんたはグランドオーダーで間違いないなく、いい男になった。この大海賊が保証するよ!」

「…うん、ありがとな」


するとそこに、きらりと光る鱗粉のようなものが視界の端に入った。
振り返ると、座っている唯斗とあまり変わらない視線の先にエウリュアレが立っていた。アステリオスはまだ立香たちと話している。


「私は第三特異点のあなたから今のあなたまで見てきたけれど。そうね、私から見ても、良い経験をしたのね。あのイリアスの俊足が惚れるわけだわ」


エウリュアレは涼やかに笑う。最初はなんともなかったのに、唯斗は心が成長するにつれ、エウリュアレに対する耐性が下がった気がする。美しいものの美しさを、素直に受け止められるようになったからだろう。
顔が赤くなりそうなのを堪えていると、お見通しらしいエウリュアレは楽しそうにした。何かを言われる前に、と、長いことカルデアで神霊サーヴァントとして主に男性の敵に猛威を振るってくれたエウリュアレに感謝を述べることにした。


「エウリュアレは、神が人の世界にこうあって欲しいっていう人類の願いそのものだ。そんなあなたが、人を慈しんでくれたことが嬉しかった。ありがとう、女神エウリュアレ」

「…ふふ、私もあなたの語る世界が嫌いじゃないわ」


そう笑うと、エウリュアレはおもむろに唯斗の肩に手を置いて体を近づけた。息を呑んだところに、額にそっと柔らかいものが触れる感覚。ふわりと清潔な花の匂いが漂う。


「…第三特異点では騎士王に邪魔をされてしまったから、この私からの接吻を賜れないなんて不幸、これを機になくしてあげるわ。感謝なさい?」

「な…ッ、っ!!!」


音が出たのではないかというほど、一瞬で顔が茹だったのが自分でも分かった。追撃は勘弁してくれたらしいエウリュアレは、そのまま軽やかに笑ってアステリオスのところに戻っていった。一緒に退去するのだろう。
ドレイクはそれはもう盛大に笑い転げている。ヘクトールもニヤニヤとしており、隠れる相手がいないと唯斗は机につっぷした。

そこに今度は別の低い男の声がかけられる。


「意外だな、君にもいっぱしの少年らしいところがあったのかね」

「…ニコラ・テスラ」


大柄な影が照明の明かりを遮る。第四特異点、第五特異点、そして終局特異点と3度にわたって出会った英霊、ニコラ・テスラだ。


「…自分でもちょっと驚いてたところだ」

「そうかね?私からすれば、君はいつでも勇敢に立ち向かっていく姿を見せていた。ほかの者が言うほど、君の人間性が育っていなかった様子など知らない」

「…確かに、やばい局面でしか会ってなかったな。まぁでもだからこそ、俺にとって、グランドオーダーを戦う理由が初めて形になったのも、あんたとの戦いのときだった」


第四特異点、ニコラ・テスラを単身で追いかけた唯斗は、サーヴァントを召喚する隙も与えられず、危険なところまで追い詰められた。
間一髪で避雷針を転移させ雷撃をしのぎ、ギルガメッシュを呼び出すことに成功し切り抜けたのだ。


「君の戦う理由が形になった?」

「あぁ。なんで俺がグランドオーダーを戦うのか。それに気づけたのは、ドレイクと同じ星の開拓者であり、人類から夜の闇を取り払って無数の可能性を生み出してくれたあなたに、文明を破壊する役割を担って欲しくないと思ったからだ」


人類に電気の光をもたらし、夜の闇を照らし、それが世界中に数多の可能性をもたらした。人類から夜という行動不能時間を排除して、人類文明の可能性を拡大したニコラ・テスラは、まさに星の開拓者だった。
そんな彼に、産業革命ロンドンを破壊するような役回りを担って欲しくなかったのである。

それを聞いていたヘクトールは立ち上がる。そろそろ立香のところに向かうらしい。


「一人の英雄が万民を救う時代から、万民一人一人が世界を牽引する時代、か。俺たちの時代からはまったく変わっちまってるけど、それは素晴らしいことですよ、唯斗さん。そしてそれは、君らが守ったものだ」

「その通り。人間だからこそ人間の可能性を広げる余地を残すために戦った君とマスターは、まさに勇敢な人間たちだった」

「勇敢さってことなら、カルデアのマスター二人は抜きん出たものを持ってるさ」


ヘクトールの言葉にニコラ・テスラは頷き、ドレイクもジョッキを飲み干して立ち上がりながら同意した。


「では私はマスターたちに挨拶をしてからブラヴァツキーたちとともに退去しよう。さらばだ、少年」

「達者でね、唯斗さん」

「元気でやれよ〜」

「あぁ、ありがとう、みんな」


唯斗は三人を見送り、ドレイクが残していったジョッキを見やる。しばらく立香たちが見送りをしてから、誰かが片付けるのだろう。ずっと残しておいてしまいたいような感覚になってしまったが、唯斗はジョッキをカウンターの返却スペースに片付けるために立ち上がった。


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