旅の終わり−8


まだ目元を拭いながら扉を開けて廊下に出ると、目の前にぎょっとしたようにするアルジュナとカルナの姿があった。


「なっ…!唯斗、あなたいったい何が…!」

「まさかアキレウスがお前に無体を働いたのか」

「え…どうして二人とも」


動揺する二人に、唯斗も困惑する。そこに、見かねたようなため息交じりの声がかけられた。


「アキレウスの旦那が唯斗さんを抱えて走ってったっていうんで、挨拶に来たんすよ」

「ロビンまで」


どうやら、アキレウスに連れられたという話は広まっているようで、唯斗を探していたアルジュナとカルナ、そしてロビンがそれぞれここで鉢合わせしたようだ。


「まさかあの男、最後だからと唯斗に無理矢理迫ったのでは…!?」

「そうなのか、唯斗」

「や、そういうんじゃないって」


いまだに心配そうにしている二人に思わず苦笑する。普段いがみ合っているくせに、こういうときのリアクションが同じなのは、やはり異父弟だからだろうか。


「ではいったいなぜ泣いていたんだ?」

「おいおいマジか施しの英雄さんよ…」


カルナは純粋な疑問に首をかしげ、ロビンは呆れたようにする。唯斗はそんなことを説明させられるのは気恥ずかしい気がしたが、一方で、カルナもアルジュナも、人を簡単にあざ笑うような人間ではないと知っている。


「…ほら、俺はサーヴァントの数少ないからさ。一人あたりの触れ合う時間が長くて…それに、俺は立香ほど感情のコントロールがまだ得意じゃねぇから」

「デリカシーがないのか貴様」

「む、すまない。だが恥じることではないぞ唯斗。それはお前の優しさそのものだ。その涙に、お前のサーヴァントたちも喜びとともに座に還ったことだろう」


怒るアルジュナだったが、カルナの言葉には同意していた。仲が良いのか悪いのか。

そして改まったように、アルジュナは咳ばらいをして本題に入った。


「我々も、このあとマスターに挨拶をしてから退去します。以前にも伝えましたが、私は、あなたに私の在り方に関して『多くの幸福を授かる人生を祈って現代でも多くの子供たちの名前としている』のだと教えてもらったことが、とても嬉しかった。たった一言ですが、後世のインドの人々の想いを、あなたが教えてくれた」


アルジュナの言葉に続いて、カルナも微笑んだ。


「俺も同じだ。『どんなときでも人に優しくなれる人でいたいという願い』が俺に託されているのだとお前は言ってくれたな。俺という在り方に対して、後世の者たちがそう願ったこと、それを託される俺の在り方は病でもなんでもないと。賛辞の言葉、というよりは、お前の見た世界であり、お前が表現した我らがマハーバーラタの世界だ。それがとても、嬉しく感じた」


二人は前にもこれを伝えてくれた。
第五特異点の戦いの中で、二人それぞれと交戦したが、いずれも決着はつかず会話をして終わっている。その際、唯斗は二人に、敵であれどマハーバーラタの英雄としての敬意を示すことができた。


「…俺の方こそ、二人がそれを俺に伝えてくれて、すごく嬉しい。なんだかんだ、一緒にゲームとかも付き合ってくれたし。そういうところに、俺も立香も救われてた。それは二人が二人だったからだ」

「…そうか」


カルナは笑って頷くと、言いたいことはすべて言えたとばかりに踵を返す。


「では俺はもう行こう。ロビンフッドと積もる話もあるだろう」

「…ありがとう、カルナ、アルジュナ」


礼を述べた唯斗に、カルナは振り向きざまに笑う。


すべての生きとし生けるものに幸福あれ(サマスター・ローカーハ・スキノー・バヴァントゥ)

「まったく…それでは私も失礼します。あなたのこれからの旅路に諸天の導きがありますように」


サンスクリット語で言葉を残して去っていったカルナを追いかけるように、アルジュナも微笑んで別れを告げてから廊下を歩いて行った。廊下の先から聞きなれた言い合いが聞こえなくなったところで、ロビンが唯斗の肩を抱く。


「…さて。お膳立てもされちまったことですし、ちょっとデートでもしましょうや」

「今更ナンパしてどうすんだ」

「今だからっしょ」


ニヤリとしたロビン。唯斗も呆れて笑いつつ、ロビンに肩を抱かれながら廊下を歩きだす。
しばらくとりとめのない会話をしてから、そろそろ食堂が近づいてくるあたりになったところで、唯斗から言った。


「…今までありがとな、ロビン。俺にとっても立香にとっても、等身大でいてくれたロビンの存在はめちゃくちゃ大きかった」

「そりゃ俺みたいな凡夫サーヴァントには、そういう役回りが得意ですからね」

「とかいって、俺や立香の世話焼くのに、わりといろいろ自負してるの知ってるぞ。サンソンとかアーサーにも張り合ってるだろ」

「う…っ、あんた結構鋭くなりやがって…」


飄々としているわりに、ロビンはサンソンやアーサーが唯斗に世話を焼いているところを見て「分かってねぇな〜」という顔をしてこっそりマウントを取っていることがある。
そういうときは大体、唯斗が等身大で凭れつつ、それを気にさせないような振る舞いをしてもらえるのが一番楽なときだ。
そしてロビンがそのあとに、こっそり唯斗を隠して自分に凭れさせながら「寝てていいですよ」なんて言ってくれるのだ。

そんなロビンとは、立香を交えてよくゲームに興じたり、雑談で騒いだりする一方で、たまに特異点でも世話を焼かれたり、あるいはセイレムのように衝突したこともあった。

本当にいろいろな時間を一緒に過ごした相手だ。自分のサーヴァント以外で最も特別なサーヴァントの一人である。

もうすぐ食堂、というところで、ロビンはおもむろに腕を離す。離れた温もりを無意識に目で追ってしまった。しかし、ロビンは突然、唯斗の肩を正面から抱くと、唯斗の顔に自身の甘いマスクを寄せてきた。

そして、唯斗の頬にひとつ、軽いキスを落とす。


「…ッ!?」

「はは、いい顔するな。これで礼ってことで受け取っときますよ。じゃあ達者でな、好き嫌いすんなよ〜」


ロビンは最後まで軽く言うと、マントを翻して、次の瞬間には見えなくなっていた。頬に残る感覚に、唯斗は顔に熱が溜まるのを感じる。
同時に、寂しさや悲しさで沈んだ気持ちではなく、まったくあいつは、というどこか温かい気持ちで別れられたことが、ロビンらしい気遣いで、唯斗は小さく笑ってから食堂へと足を進めたのだった。


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