旅の終わり−9


今日何度目かの食堂に着くと、中と外それぞれにサーヴァントたちが集まっているのが見えた。食堂の中では立香とマシュが挨拶をしていて、外ではそれを待ちつつ、互いに別れの会話を交わすサーヴァントたちがたむろしている。
この時間はハサンたちが一斉に退去することになっていて、食堂内では静謐が立香に抱きついて別れを惜しんでいた。

食堂の外でそれを待つ呪腕、そして玄奘三蔵の姿を見つけた唯斗は、自分から声をかけた。


「呪腕のハサン、三蔵」

「あら唯斗さん!」

「おお、唯斗殿」


ロビンのおかげでいくらか心が軽くなっている唯斗は、今回は落ち着いて礼を言うことができた。


「良かった、最後に会えた。三蔵、キャメロットでもカルデアでも、いろいろ助けてくれてありがとう」


第六特異点、悪意ある攻撃の一切を弾くキャメロットの正門を破ったのは、死にゆく無辜の人々を救い導こうとする三蔵の掌だった。その導きの前に、正門は崩壊したのだ。
そしてカルデアでも、折に触れて唯斗のことを庇ってくれた。特に、第六特異点のあと唯斗が精神的に参っていたとき、三蔵がギルガメッシュたちを叱り飛ばしたのだと聞いている。
三蔵はいつもの溌剌とした笑みよりも、仏僧らしい慈愛のある笑みを浮かべる。


「…いいえ、私ができたことなんて多くはないわ。あなたが自らの行いで、御仏の加護を得られるだけのことを成したのよ」


そうだろうか、と頬を掻くと、呪腕が深く頷く。


「まったくその通りですな。いやはや、私とは異なる信仰ではありますが。ただ、そんな我々への理解と敬意をあなたは示してくれた」


仏僧である三蔵、そして信仰を守るべく聖戦を行ったハサン。二人だからこそ、唯斗は取り戻した現代の世界においても解決しない問題に、忸怩たる思いに駆られる。


「現代でも、イスラームへの差別や誤解はなくなってない。それに、宗派ごとの対立も、内戦も。分かり合えなくても、武器を向け合わないことはできるはずなのに」


スンニ派とシーア派の対立はイエメンやシリアで顕在化し、難民危機やテロによって欧州のリベラルが揺らぎ、エルサレムを巡る戦いは泥沼化したままで、イランの核開発問題は解決の日を見ない。
ミャンマーではムスリムのロヒンギャ族が仏教徒であるミャンマー政府に迫害されバングラデシュに逃れ、タイでもマレーシアとの国境に近い深南地方ではムスリム住民の独立運動がタイ王国内でのテロを招いている。これらはまさに、仏教とイスラームとの宗教戦争の体を帯びることすらあった。

表情を曇らせた唯斗に、三蔵は優しく微笑んだ。


「目の前の人間がどんな国、宗教の人間であっても、一人の人間として尊重される社会にならないといけないわ。そして君たちは、世界がそうなる可能性を残すために戦った。そうでしょ?それはとても尊いことよ」

「少なくとも、あなたのような方が人理を修復するメンバーにいたこと、それだけでも、未来への可能性そのものだと私などは思いますな」

「…ありがとう、二人とも。そうだな、スタート地点を取り戻したようなもんだ。人類にとっては、これからが大事なことだ」


信仰のために命をかけた二人だからこその言葉なのだろう。唯斗は最後にもう一度礼を言って、そろそろ部屋に呼んでいるサーヴァントが来る時間のため、食堂を離れた。

すると、食堂の喧噪からいくらも離れないうちに、廊下でばったりランスロットに出くわした。ランスロット一人で歩いている。


「あれ、ランスロット」

「あぁ、良かった。唯斗殿、最後にお会いできました」


朗らかに笑ったランスロットは唯斗を探していたらしい。円卓の騎士は各自で挨拶を済ませてから、アルトリアを含めて全員で一斉に退去することにしていると聞いていた。

白い甲冑にも負けない輝く男前は、唯斗に会えて嬉しいと如実に物語っている。


「…、ランスロット、今まで色々と気にかけてくれてありがとな」

「いえ!私こそ、あなたに憧れだと言っていただけたこと、身に余る光栄です」


初めてランスロットとちゃんと話をしたのは、第四特異点を経て少しずつ唯斗の心境が変化しつつあるときだった。
自分から話しかけてみようと思った初めての相手であり、憧れの英雄として、ランスロットに声をかけたのだ。


「私にとってあなたは、もう一人のマスターのような方。二人のマスターを守る剣となれたこの戦いは、あまりに名誉あるものでした」

「ランスロットにそこまで言ってもらえるなんて、ほんと、俺こそフランスに生きた人間として身に余るっていうか…」

「ふふ、しかし、あなたのサーヴァントとして召喚されていなくて、ある意味良かったのかもしれない、とも思うのです」

「…?」


端的には唯斗を否定するような言葉だが、ランスロットの声音からそうではないとすぐ理解できるため、唯斗はどんな言葉を続けるのかとランスロットを見上げた。
ランスロットの微笑みは、騎士としてのものから、途端に男としてのそれに変化する。


「あなたのサーヴァントであったなら、生前の過ちを覚えていながら、あなたに恋焦がれることを止めることはできなかったでしょう。異世界の騎士王を前に、私はとても苦しい思いをしたはずです」

「な…っ、」


さすがに唯斗でもはっきりと理解できる口説くような言葉に、さっと顔に熱が上がる。ランスロットは手甲を消失させると、指でそっと唯斗の頬を撫でた。


「どうか、異世界の我が王と、これからも幸せに。それだけを祈っています」

「……うん、ありがとう。我らがフランスの大騎士」


微笑んだあと、最後に一礼をして、ランスロットは去って行った。

唯斗にとって大きな転換点となった第五特異点と第六特異点の旅において、唯斗は多くの英霊たちと出会い別れた。その中で、現代まで連綿と続く歴史の果てに自分がいるということが、グランドオーダーを戦う理由になったのだと気づいた。

そんな旅を助けてくれた者たちとも別れ、唯斗は同じく第五特異点と第六特異点で助けられたサーヴァントたちとの別れのために、自室へと戻った。


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