旅の終わり−10
部屋に戻り扉を開けて中に入ると、思わぬ二人の姿に唯斗は目を瞬かせた。
「ファラオを待たせるとはなんたる不敬!」
「いや待つことにしたの兄さんだろ」
「勇者の言うとおりであるな」
アウラードたちを撫でながら横柄に言ったオジマンディアスは、アーラシュの苦笑にくるりと手の平を返す。
もともと呼んでいたのはアーラシュだけだったが、オジマンディアスもいるとは。
「オジマンディアスまで来てくれたのか…あぁ、アーラシュ探してたのか」
「…、貴様はなぜそう……」
唯斗の言葉を聞いたオジマンディアスは微妙な顔をする。それに対して、アーラシュは朗らかに笑った。
「何言ってんだマスター、ファラオの兄さんもお前さんを探してたんだよ」
「勇者!」
「はは、悪い悪い。けど、マスターにははっきり言わねぇとだろ?」
なんと、オジマンディアス自ら、唯斗を探してここまで来てくれたというのだ。唯斗はそれだけで心がいっぱいになる。
「そ、うか…俺からオジマンディアスのところに参上しようとしてたのに、うわ、やばい、嬉しい…」
「やっぱお前さんは可愛いな」
思わぬサプライズに嬉しさが勝る。それを見たアーラシュは笑いながら唯斗の頭を撫でた。
撫でられながらアーラシュを見上げると、目線が合ったアーラシュは、その幼く見えるものの精悍な顔を引き締めた。
「…ありがとな、マスター。孤独じゃない戦いってのがこんなにも心強いもんだって、初めて知った」
「アーラシュ…」
「一人どうし肩を並べて戦おうと言ってくれたそのときから。第六特異点で、特異点の俺に令呪を送って最後まで共にいてくれたときも。背中の後ろにお前さんがいるってだけで、こんなにも心強く感じられるものなのか、って驚いたもんだ」
召喚してすぐの訓練で、アーラシュは唯斗の孤独を知って気にかけてくれた。それに対して、唯斗はアーラシュも自分も、意味するところは違えど孤独であることに変わりはないと述べた。
だからこそ、一緒に肩を並べて戦うようなことがあってもいいだろうと。
そして第六特異点、特異点のアーラシュが宝具を解放して裁きの光から東の村を守ろうとしたとき、唯斗は不要であったものの、アーラシュに令呪を使った。最後まで一緒に戦うという意思表示だ。
アーラシュはそれによって残されたごく僅かな時間を、唯斗に礼を述べるために使った。
それをカルデアのアーラシュも見ていて、それ以来、唯斗には「人類」ではなく「個人」として認識を改めて接するようになった。
「連れ去っちまいてぇとは何度も思ったが、お前さんはもう、たとえカルデアを出て再び孤独になろうと、それが真の孤独じゃないことを知っている。だから、大丈夫だ。俺が贈ったターコイズのネックレスもあるしな」
その目に本気の色を浮かべて、頭を撫でていた手は頬を滑って耳元をなぞる。小さく震えた唯斗に、アーラシュは誤魔化すように、礼装の下にあるネックレスを服越しに突いた。
「達者でな、お前ならどんな苦難も乗り越えられる。俺はその強さを、信じてる」
「…ありがとう、アーラシュ。あなたはいつでも東方の大英雄だった」
「おう!なら良かったぜ」
最後に無邪気な笑みを浮かべたところで、今度はオジマンディアスが唯斗のところにやってきた。察したアーラシュは場所をどけて、オジマンディアスは唯斗の正面に立つ。身長差はアーラシュより小さいはずなのに変わらないように見えるのは、単にオジマンディアスの圧の強さによるものだろう。
鋭く力強い眼光が唯斗を見下ろす。最初はそれだけでたじろいだものだが、今ではその瞳の優しさも知っている。
「…唯斗よ。お前は余が庇護するべき民であるが、同時に、人類史を前に進める人間の一人として戦ってきたお前の姿は、まさに余が力を貸すに相応しいマスターであった」
「オジマンディアス…、」
力を貸すに相応しい、などとこのファラオに言われるだけの自信など、当然唯斗は持ち合わせていない。だがそれもお見通しのように、オジマンディアスは言葉を続けた。
「強大な魔術師や高尚な人徳者である必要はない、それらは何を以てしても余には至らぬ。しかし、歴史への敬意とそれを継承するために戦う覚悟、その意志の強さは、余にも強烈なものとして映った。守るべき民であり、同時に、助力するべき勇者であった」
つまり、オジマンディアスは唯斗の意志と覚悟にこそ、マスターとして認めるに足るものがあると判断したということだ。
じわりと目に滲んだものを、慌てて袖で拭う。これは別れの悲しみなどというようなものではない。最も尊敬する歴史上の偉人にこう言われたことへの、喜びだった。
「お、れ、オジマンディアス王が一番、歴史上の偉人として好きで、尊敬してて、だから、」
「…フッ、嫌というほど知っておるわ」
小さく笑ったオジマンディアス。よく唯斗のオタクぶりに引いていたが、すべて受け入れてくれた度量もまた、ファラオらしいものだった。
「…、元の生活に戻ったら、あなたのミイラに報告しに行っていいか」
「それはさすがに気持ち悪いぞ」
そこで、いつものようなことを言ってみると、オジマンディアスは引いたように言ってから、ふっと破顔する。
「フハハハ!!お前は本当に、変わらぬな。褒美、ではないが、我らが退去したあとの寂しさはこのアウラード1匹で癒やすといい。残る2匹は余が連れて行こう」
すると、オジマンディアスは遊んでいた2匹を抱き上げた。そして、最も唯斗に甘ったれな1匹だけをベッドに残す。
「お前がカルデアの召喚式から物理的に離れれば自然と消える。それまではこのスフィンクスにお前を守らせよう」
「うん、ありがとう」
アーラシュもオジマンディアスも、その場で光に包まれた。退去の光が二人を足下から隠していく。
オジマンディアスは最後に、光に照らされながら唯斗の頭を優しく撫でた。
「お前はよく戦った。これまでの道のりを誇るがいい、神王ファラオが許す。そしてこの先お前に害成す存在があれば、遠慮なく余を呼ぶがいい。そのときは、余のものに手を出したこと、敵に死をもって償わせよう。それではさらばだ、我がマスター、唯斗よ」
「じゃあな、唯斗。お前さんの幸せを祈ってるぜ」
そう言って、二人は光とともに空中にかき消えた。残された唯斗と1匹のアウラードは、散っていく光の粒子を見上げる。
二人が立っていた場所をてしてしと叩くアウラードを抱き上げると、アウラードはどこか心配したように唯斗の頬を前足で触れた。
「…大丈夫だ。もう少しよろしくな」
応じるようにゆらりと尻尾を揺らしたアウラードをもう一度抱き締めてから、唯斗は礼装の下のネックレスをそっと布の上から撫でた。