旅の終わり−12
いよいよカルデアのサーヴァントも、大半が退去した。
すでにギリシア勢や円卓、インド勢などは軒並み退去済みであり、どんどんカルデアが静かになりつつある。
唯斗も、残った者たちを探して食堂やラウンジを行ったり来たりしているが、なんとなく、食堂に集まっているようで、比較的長いこと食堂あたりにいる。
そうして、スカサハと別れ、さて次は、と思っていたときだった。
「あんたまでかけずり回るなんて大変ね、マスターって」
「Hola!唯斗サン」
食堂前の廊下にいたところで声をかけてきたのは、イシュタルとケツァル・コアトルだった。二人で一緒に、というよりは、近くで出くわしたらしい。
二人とも第七特異点の記憶があるため、それなりに仲は良さそうだった。
「イシュタルにケツァル・コアトル。立香は今ちょっと清姫の相手に悩殺されてる」
「そう、じゃあちょっと待ってようかしら」
イシュタルは空中に浮かびながら、清姫に迫られる立香を呆れたように見ていた。ケツァル・コアトルも微笑ましそうにしているが、二人とも、あまりに立香が困っているようだった助け船を出すことだろう。
「で?あんた、あの金ピカにはもう挨拶したの?てかあいつ退去した?」
「いや、ギルガメッシュはギリギリまでカルデアの仕事手伝ってくれるらしい」
「あいつもそういうところ、変に真面目よね…」
未だに仕事をしているギルガメッシュに、イシュタルは呆れていた。
唯斗のサーヴァントでまだ退去していないのは、あとギルガメッシュとマーリン、長可の3人だ。
すると、立香から目を離したケツァル・コアトルが、優しくこちらを見つめた。
「…唯斗サン。他の英霊たちから、あなたはとても素敵な人に成長したのだと聞きました。私たちが出会った頃には、あなたはすでに素敵な人だったから、その違いは分からないけれど…ふふ、英霊たちがあなたにゾッコンなのも納得デース!」
「え、そうか…?」
確かに、第七特異点に至る頃には、唯斗の中の不安定な部分は概ね安定したものになっていて、いろいろなことを経たあとだったことから、これまで英霊たちが指摘してくれた「成長」というものはほぼ終わっていたのだろう。
もちろん、第七特異点では違った経験をすることができたし、何よりティアマトとの戦いは、あまりに激しく、レムナントオーダーを終えた今ですら、時間神殿を除けば最も厳しい戦いだったと言える。
「……あなたは言いましたね。マスター・藤丸に、私の太陽暦を壊して欲しくないと。再びアステカの文明を滅ぼすような真似をして欲しくないと」
「…あの滅びの上に、近代という時代が成立した。近代なしに人類史は存在できない。滅びを成長に組み込んでしまった俺たちが、あなたに偉そうに言えるようなことなんて…」
「だからこそあなたは、マスターにそれを再現しないで欲しかったのでしょう。同情や贖罪などではありまセン。それは、純粋な優しさ。あなたのマスターを想う、心そのものでした」
その言葉に顔を上げると、ケツァル・コアトルはなおも優しい笑みをしていた。
確かに、あのときの唯斗の気持ちは、アステカやケツァル・コアトルに向いたものではなく、立香に向けてのものだった。立香にそんなことをして欲しくなかっただけだった。
ケツァル・コアトルはそれをはっきり、唯斗本人以上に理解していたから、素敵な人だと言ってくれたのだ。
聞いていたイシュタルは、空中で胡座をかきながら同調する。
「そうね。私も、あんたが私の権能に溢れた在り方を、それだけ人々が多くのことに私を感じたかったからで、それが神性を損なうものじゃないって表現したのは、まぁ、嫌いじゃない称賛の言葉だったわ」
ギルガメッシュはイシュタルの権能の多さを、人格がまだら模様になった醜いものだと一蹴したが、唯斗はそれを、メソポタミアの人々がそれだけ多くの事象にイシュタルを感じたかったという願いの現れだと述べた。だからこそイシュタルだけは神話がアッカド人のものに書き換えられても存続し、やがてギリシア神話やローマ神話に継承されていくのだ。
唯斗はなんと言おうか迷ったが、ようやく清姫が退去し始めたのを見て、素直に口を開く。
「…人類史は多くのものを失ってしまったけど、それを思い返すことができるのも歴史だ。それができる未来を残すために戦ってきた。その戦いに力を貸してくれてありがとう」
「ウーン!お姉さん、あなたもすっごく好みデース!」
「うわっ、」
ケツァル・コアトルに思い切り抱き締められ、頭を撫で回される。イシュタルはそれに呆れたようにしつつも小さく笑った。
「ま、せいぜいこれからも足掻くことね。何かあったら、藤丸ともども助けてあげないこともないわ」
古き神にこう言ってもらえるような旅をしてきた。その事実だけで、唯斗は少しだけ、自分を誇れるような気がした。