旅の終わり−14
それにしても、ギルガメッシュがこうして抱き締めてくれるとは思わず、つい、唯斗はその鎖骨あたりに擦り寄ってしまった。
「私のことよりも、可愛いことしてるマスターの方が重要なんじゃないのかい?」
「……、いや。貴様が現れなければ、つい宝物庫に入れていたやもしれぬ」
「おやおや。まぁ、いろいろ視ている君なら、そういうことはしないだろうとは思うけれど…私もマイロードをアヴァロンに連れ込めたら、なんて思うことはあったから気持ちは分かるとも」
「夢魔に人の気持ちが分かるとは笑止」
何やら意味深なことを頭上で話している。マーリンはギルガメッシュの隣まで来ると、唯斗の頭を撫でた。頭をずらしてそちらを見上げると、目が合ったマーリンはふわりと笑った。
「ふふ、かわいらしいね。でも、花園に閉じ込められた君を鑑賞してもしょうがないからなぁ」
「外道め」
ろくでもないことを言い出したマーリンに、ギルガメッシュはわりと心から軽蔑したように言ったが、マーリンはまったく気にしていない。
「そうとも。私は自分を外道だと言うし、人も私をろくでなしだと言う。けれど唯斗、君は、そんな私にも大切な本物があると言ってくれた。それを、君も大切にしてくれると言って、事実そうしてくれた。世界を別の表現で美しく見せてくれる君らしい、君ならではの見方だ」
「夢魔を甘やかしすぎなのだ貴様は」
ギルガメッシュはため息をついた。唯斗はその鼓動を聞きながら僅かに体を離すと、どうやら別れの挨拶を告げに来てくれていたらしいマーリンの頬に、自分の指を滑らせた。
そういう接触をするとは思っていなかったようで、マーリンはポカンとしている。やはり、夢魔だがその表情は豊かだ。
「ろくでなしが人間染みたことをしたっていいんじゃねぇの。なんにせよ、俺にとってあんたは大切な人だよ、マーリン」
虚を突かれたようにしたマーリンは目を見開いてから、ゆったりと破顔する。
「…ふふ、本当に、君には勝てないな」
「そも貴様に勝ち目などなかろう、様々な意味でな」
「異世界の自分くらいには勝ちたいところだけれども。まあいいさ」
そう言って、マーリンもお返しとばかりに唯斗の頬を撫でて、親指で唯斗の唇をそっと一撫でしてから指を離した。
「君の夢、そして先日の特異点で君の実家の召喚術式は理解した。先ほどはああは言ったけれど…もし君が本当に嫌になってしまったら。もしも逃げたくなったら。僕も呼ぶといい。君の家の術式から君を攫ってあげよう。カルデアから出てどんなに嫌なことがあっても、君は逃げられる、それは忘れないでいてくれ」
「…ん、ありがとな。考えとく。でもまぁ…しばらくは、俺が頑張ってるとこ、こっそり見ててくれ」
「あぁ、もちろんだとも」
マーリンなら本当にできてしまうだろう。そう言ってくれる者がいる、それだけで、きっといつでも唯斗は奮起できる。
最後に、ギルガメッシュは体を離して、退去の光に包まれた。光の粒子が飛び始め、ギルガメッシュの体が足下から徐々に透けていく。
すでに地下炉心が停止してからかなり時間が経過している、本当はこの1ヶ月、現界を保つのもみんな厳しかったはずだ。それでもギリギリまで、サーヴァントたちは人間たちに付き合ってくれた。
「お前がアガルタで言ったことをゆめ忘れるでないぞ。お前は、人類史の負の側面を前に、間違っているから滅びるわけでも正しいから続くわけでもないと述べた。生きることに理由はいらないように。それはこれからも変わらん」
ギルガメッシュが言っているのは、アガルタで目にした人類史の悪しき過去を前に、それを継承するために命がけで戦う必要はあるのか問われたときのことだ。
唯斗はウルクでも似たようなことを聞かれ、同じように答えた。
ウルクが間違っていたから滅びたわけではないように、滅びも成長も正しさとは関係がない。正しいから継承されるのでも間違っているから滅びるのでもなく、それらは結果でしかない。ただ、正しく在ろうとしたかが残るだけだ。
「何があろうと生きよ。生きたいから生きる、そこに誤りなどないのだ」
「っ!…はい。今までありがとうございました、人類史最古の英雄であり賢王、ギルガメッシュ王」
「…あぁ」
ギルガメッシュにしては珍しい、柔らかな笑みとともに、ギルガメッシュは消失した。同時に、マーリンも唯斗に微笑みかける。
「では私も去るとしよう。君が幸せになることを願っているよ」
「ありがとな、マーリン。寂しくなったら会いに来てもいいぞ?」
「ふっ、本気にするよ?…ではね」
おかしそうに笑ってから、マーリンは花びらを大量に舞わせて、その影に消えていった。大量に花びらが散ったはずなのに、あとには何も残っていない。
しかし、礼装の胸ポケットに、一輪の赤い花が刺さっているのに遅れて気づいた。こういうキザなことをするのも、あの花の魔術師らしい。
不思議と、涙ではなく晴れ晴れとしたような気持ちだった。バビロニアから帰還するときにも似た感慨に、唯斗は小さく笑みが浮かぶのを自覚した。