旅の終わり−18


食堂の片付けも終わっていったん自室に戻ると、扉の前にアーサーが立っていた。外で待ってくれていたらしい。


「アーサー…」

「おかえりマスター。僕の部屋に行こう」


アーサーはふっと微笑むと、唯斗の肩を抱いて歩き出す。
嗅ぎ慣れた香り、優しい温もり、そうしたものに込み上げてくるものが急に感じられた。

すぐにアーサーの部屋に着くと、扉が開き、中に入って扉が閉まるや否や、唯斗はアーサーに抱きついた。
分かっていたように防具一式を消していたアーサーは、唯斗を難なく抱き留める。


「っ、アーサー、アーサー…ッ!」

「うん。心残りなく別れられたかい?」


声が出せず、目から溢れるものも止められず、ただ頷いて返す。それでいいとばかりにアーサーは唯斗の後頭部を撫でつけた。

今まで堪えきれなかったり、なんとか堪えたりしたものが、アーサーの腕の中にいるというだけですべて緩んでしまい、露わになる。


「アー、サー…っ、寂しい、わかってたのに、さびしい…!」

「そうだね。それだけ深く素晴らしい絆を、君はサーヴァントたちと結んできた。その悲しさや寂しさは、君が向き合ってきた感情の深さの表れだ」

「…っ、」

「何より、自分のことすらどうでもいいと思っていた最初の頃から比べれば、そう思えるだけで素晴らしい成長だよ」


優しくゆったりとした口調であやすように言ってくれるアーサーに頷いて返していると、ふと、アーサーは頭上で小さく笑った。
どうかしたのか、と、涙をアーサーの霊衣に吸い込ませながら見上げる。


「ふふ、僕も昨日、他のサーヴァントたちと一通り別れを済ませたんだ。君を邪魔したくはなかったから。そのときに、アーチャーとアキレウス殿に言われたことを思い出して」

「アーラシュとアキレウス?」


今日一日、アーサーがいなかったのは、唯斗個人とサーヴァントたちとの関係に水を差さないようにするためだったという。アーサーらしい気遣いだ。
そのため、アーサーは昨晩のうちに他のサーヴァントたちと別れを済ませていたらしい。


「アキレウス殿には、電力が潤沢だったら決闘を申し込んでいたと言われたよ。本当にマスター…唯斗を幸せにできるのかって」

「け、決闘…」


とんでもないことが裏で進行していた事実に、涙も引っ込む。アーサーは苦笑すると、唯斗の目尻をそっと拭う。


「そうだよ。ただ、僕も含めどの英霊にもそんな余力はなかった。各自、今日までの現界を維持するのに魔力をすべて当てていたからね。ただ、泣かせたら承知しないと釘を刺されたよ」

「…今のは俺が勝手に泣いただけだろ」

「なんであれ、彼なら全部僕のせいにするだろう?」

「……否めない」


アキレウスなら問答無用でアーサーを責めて唯斗を全肯定しそうだ。


「そしてアーチャーには、何があっても守るのか、と覚悟を問われた。もし僕が途中で唯斗の元を去ると言うのなら、自分が攫うとまで言っていた」

「え、アーラシュが…?」

「彼、すでに聖杯を格納している部屋の侵入方法まで当たりをつけていたよ。アキレウス殿よりよっぽど危なかった」


意外な事実に今度は目を丸くする。アーラシュは、確かにそういうことを過去に言ってきたことはあったが、他のサーヴァントよりずっとおとなしいというか、そんな大それたことをするような英霊ではなかった。


「……もしかしたら、何か視えていたのかもしれない。一応聞いたんだが、何があっても君の傍から僕が離れずにいるならいい、と言って何も教えてはくれなかった」


アーサーの推測には納得がいく。何かを視たアーラシュは、自分が唯斗を攫うことを現実的な手段と考えるほどの事態を想定していたということだ。それなら、アーサーに対してそういう確認をしたのも頷ける。
ホームズもずっと格納庫に籠もっているし、ダ・ヴィンチも何やら査問用の資料以外にも発明に没頭している。ギルガメッシュとマーリンも、ここ1ヶ月は忙しそうにしていた。


「ただ、魔術協会が何を企んでいようと、僕が必ず君を守る。そう、この指輪に誓ったからね」


アーサーの左手と唯斗の左手、それぞれの薬指に嵌まる指輪。カルデアの召喚式とは別のもう一つの契約であり、パスでもある。そして唯斗の魔術回路はマーリンの増強によって、アーサーを現界だけながら現世に留められるようにした。
アーサーに付与された世界を渡り歩く力と、指輪の力、唯斗の魔術回路によって、アーサーはなんとか現界を保つことができている。だが、宝具の解放や魔力放出などもできないため、もし戦うなら純粋な剣戟のみということになる。

それでも、アーサーがいてくれるというだけで、何よりも心強かった。


「そういや、そっちのマーリンから何か言伝はなかったのか?」

「なかったよ。ないということは、ここにいろということだ。結局、時間神殿攻略後に出会ったビーストは殺生院キアラだけだったからね」

「そうか…まぁなんにせよ、これでいったんグランドオーダーもレムナントオーダーも終わりだ。カルデアの旅は一度終わって、新しい体制でビーストを探すことになるか、もしくは…いや、そういうのは考えないでおこう。今は」

「君は本当に成長したなぁ」


すると、アーサーはしみじみとそんなことを言い出した。
いきなり何かと思ったが、アーサーは思ったよりも真剣な表情だった。


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