悪性隔絶魔境新宿II−15


ジャンヌの挺身によってねぐらへと無事に戻ってからすぐ、どのようにロボとヘシアンを仕留めるか短い議論が行われた。

ここは幻霊渦巻く魔境、そのため、物語通りであることが最も強い因果を発生させる。すなわち、トラバサミと妻ブランカの死体という二つによって仕留められたシートン動物記を再現することが最善手ということだ。
そのため、ブランカと白い毛並みが共通しているカヴァス2世がその大役を任されることになり、複数のトラップの末にカヴァス2世がロボの動きを止めた隙にトラバサミで動きを封じるという手はずになった。

トラップを仕掛けるのは広く比較的まっすぐ続く甲州街道で、西新宿から新宿駅南口へと向けて点在させる。
甲州街道をアルトリアがバイクの後ろに立香を乗せて爆走し、それをロボが追いかける中で次々とトラップを稼働させていくという寸法だ。
最後に、アーサーが宝具を解放して仕留める。

そうしてすぐに各自が甲州街道に沿って散会した。ジャンヌが作ってくれた時間を1秒でも無駄にせず、そして、あのアヴェンジャーに1秒でも早くゴールを与えてやるためだった。

唯斗とアーサーは新宿駅へとやってきて、私鉄のデパートと、南口側の線路沿いに広がるペデストリアンデッキであるサザンテラスとを繋ぐ歩道橋に立った。
立っていると言っても、唯斗もアーサーも歩行者が歩く部分ではなく、鉄骨でできた歩道橋のガラス天井の上に立っている。

この歩道橋は甲州街道を跨いでサザンテラスからデパートへと続き、眼下には6車線の道路が見える。
左車線は一時的に分岐のために4車線になっており、中央寄りの3車線には「初台」と白く直線的な文字で書かれ、一番左の車線には「千駄ヶ谷」と書かれている。

すぐ正面にある西新宿一丁目交差点から先に甲州街道は続いていくが、だんだん左へと、つまり南へと曲がっていく。その曲がった先あたりに立香とアルトリアが控えている。
その近く、通りに面した雑居ビルにはモリアーティが、そして西新宿一丁目交差点にはカヴァス2世とホームズがスタンバイしていた。
甲州街道の先、曲がってビルに隠れて見えなくなったあたりからはいまだに黒煙が上がっている。ジャンヌが放った炎がまだ燃えているのだ。

歩道橋の上から通りを見下ろしながら、右手に見えない剣を持つアーサーにそっと呟く。


「ジャンヌ・オルタ、大丈夫かな」

「…彼女自身が言っていたように、彼女は生きることに貪欲だ。信じていよう」

「……そうだな」


それだけ会話したところで、突然、再びあの咆哮が轟いた。ジャンヌの攻撃から回復し、立香の存在を嗅ぎつけてやってきたのだ。
この特異点に来てすぐ、同じようにこの道でロボに襲われる立香たちを見た唯斗とアーサーだったが、そのときにロボが中央分離帯や街灯を破壊したおかげで、通りは見晴らしが良くなっていた。

すぐに、バイクがとんでもないスピードでこちらへ接近してくる。運転するのはアルトリア、後ろでしがみついているのは立香だ。

通信機が壊れているため様子は分からないが、透明な巨体はトラップに引っかかったような気配はなく、順調にアスファルトを砕いて街路樹を薙ぎ倒し街灯をショートさせながら引き倒して進んできていた。

どんどんバイクのエンジン音が近づき、そして、一瞬でバイクは歩道橋の下を通過して駅の改札前で停止した。
一方、ホームズはカヴァス2世を交差点の中央で残したまま霊体化して隠れる。

広い交差点の真ん中に佇むカヴァス2世を、恐らく、透明なロボは視認した。足音は完全に止まり、アスファルトの亀裂も交差点の手前でぴたりと止まる。
直後、魔術迷彩で隠されていたトラバサミが起動して、ロボを繋ぎ止めた。物語通りの展開となったことで極めて強い因果が発生し、ロボは大きなダメージを食らって姿を現す。

いまだ、と唯斗は右手をかざした。


「令呪を以て命じる!狼王に終わりを!」

「了解した」


バチりと右手の甲が光ったのと同時に、アーサーに魔力が送られる。
アーサーはエクスカリバーの13の拘束を解放しながら、ガラスの天井を蹴って交差点へと飛び出した。


約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!!」


猛烈な輝きが辺り一帯を照らす。慌ててホームズは霊体化を解いてカヴァス2世を抱き上げると駅の方へと走って逃げていく。

そして、アーサーの聖剣から放たれた猛烈な光線は、ロボごと交差点を吹き飛ばし、さらに後ろに続く甲州街道のアスファルトを捲り挙げて粉砕し、面するビルを軒並み破壊していった。
爆風が吹きすさび、その煙によってアーサーの姿は見えなくなる。


「マスターッ!!」


しかし、そんな鋭い叫び声が煙の中から聞こえた。焦るアーサーの声に、ロボがなおも動いたのだと理解する。


鉄の人よ、天より来たれ(ドント フアラン デン ガント ネヴ)!」


唯斗はほぼ本能で結界を展開した。
その次の瞬間、結界に巨大な狼が激突し、結界にはすぐに亀裂が入る。

さらに、ロボの体当たりによって、歩道橋が真ん中でへし折れてしまった。鉄骨が歪んで破断する金属音と、ガラスが一斉に割れる音、そして崩落する歩道橋によって体から重力が一瞬感じられなくなる浮遊感。
しかし唯斗は結界越しに、ロボと目が合い、思わず口を開いていた。


「…もう終わろう、狼王」


まるで、ゴールテープのようだった。
白い鉄骨の歩道橋は、ロボの激突によって破断されて真っ二つになり、道路へと落下していく。そこへすぐに駆けつけたアーサーが、唯斗を抱き上げて上空へと離脱した。

爆煙から抜け出すと、退廃した夜の街に立ちこめる煙がネオンの光に汚く照らされるのが見えた。
雄大なアメリカ大陸の大地とは似ても似つかない、世界最大の繁華街。この街はもとより、彼の帰る場所ではなかった。それでもここでしか、あのアヴェンジャーは存在できなかった。
それももう、これまでだ。

ここに、彼の物語は終わりを迎えたのだ。


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