悪性隔絶魔境新宿II−21
「…まさか、モリアーティ、あんたは、そのために善性だけの存在になって立香と縁を結んで、共に過ごして……」
「ふっ、君は本当に頭が良い。我々のように『そうあるべし』と描かれたわけでもないにも関わらずにその明晰さなら、さぞ優秀な人材になれただろうに」
『まさか…そういうことだったのですか、教授…あなたはひどい、ひどすぎる…!!』
少しして気づいたマシュも声を震わせている。庇うように唯斗の少し前に立っているアーサーも、エクスカリバーの柄を握りしめる手に力が入っているのが見えた。
そう、モリアーティはあえて、善性で構成された自分として立香と共に過ごした。それは、立香を大切に思うようになることで、7発目の強力な因果をもたらす銃弾を確実に発動するため。
立香との友情を、親愛を、絆を、最初から悪用するつもりで、モリアーティはこの計画を作り上げたのだ。
唯斗は自分でアーサーに言ったのだ。モリアーティの真名が判明してなかったとき、その正体がモリアーティだとすれば、物語で描かれる悪役である以上、かつてないほどの悪性だと。
だが、この男はそれを超えてきた。
「君たちが今まで見せてくれた人間性は素晴らしかった。価値などつかないほど脆く、清く美しい心。それは善、と呼ばれるに相応しい。だが、それ故に君たちは悪に強く善に弱い。悪を以て悪を制すように、善を制すために善となった!」
「外道…!」
「殺すかい?マスター」
怒りを滲ませるアルトリア、そして剣を構えていつでも貫けるように控えるアーサー。淡々とそんなことをアーサーが提案するのは初めてだった。
この新宿で、アーサーは何度もこのようなところを見せた。単純に唯斗への思いの強さもあるが、きっと、新宿の悪性に、善なる王であるアーサーは耐えがたかったのだ。
アルトリアが反転して現界しているわけだ。アーサーのような善性のままでは、堪えられない場所なのである。
「外道だとも!私は犯罪界のナポレオン、ジェームズ・モリアーティ。さあて、魔弾がタワーに装填されるまで、あと5分」
ビルの振動は徐々に大きくなっている。魔力による共振だ。
この5分を無為にするつもりはない。
「アーサー、『アレ』に構う必要はない。エミヤ、悪いけど付き合ってくれ」
「私も行こう、どうせモリアーティはマスターに手を出しはしまい」
「…いいだろう、こちらの目的は果たした。いつ死んだところで問題はないからな」
唯斗はアーサー、そしてアルトリアとエミヤを伴って、隕石の撃墜を図ることにした。
立香にどうするか聞こうとしたが、それより先に、アルトリアが立香を制した。
「ここにいろ、マスター」
立香は一瞬食い下がろうとしたが、アルトリアが恐らく、迫り来る隕石を直視しなくても良いように立香をここにいさせようとしているのだと理解したのか、頷いた。
マシュと通信で繋がっている、伝える言葉もあるかもしれない。
唯斗はマスターとして、アーサーから離れるつもりはなかった。
アルトリアは去り際に立香に一言だけ告げた。
「それから、貴様のやってきたことは間違いではない。それだけは確かだ」
穏やかに笑ってから、アルトリアは急いで屋上へと走り出した。
後に続くエミヤも、立香に声をかける。
「慰めの言葉は不要だな。可能な限りの努力はするが、諦めも肝心だぞ?」
「余計なこと言うな」
まさかそんなことを言うとは思わず、唯斗はつい、エミヤをどついた。立香も、諦めて堪るか、とばかりに睨み付けていた。
そんな二人を見て、エミヤは小さく呟く。
「…惜しいな、あんたら」
それだけ言って、エミヤもアルトリアに続いて屋上へと走り出す。
唯斗はこれを最後の言葉にするつもりなどなかった。立香との間で、諦めなど見せたくなかったのだ。
「立香!そのド畜生見張っとけ!つか殴る蹴るの暴行くらいならかましとけ!」
「…うん!分かった!」
絶対に立香はそんなことをしないだろうが、そう返してくれた。
唯斗は頷くと、アーサーとともに階段を駆け上がる。バレルの屋上で、なんとか隕石を撃墜するためだ。