悪性隔絶魔境新宿II−23
階下での戦闘も、隕石の撃墜も、すべてが終わった。思わず気が抜けた唯斗はふらりとして、アーサーに慌てて抱きかかえられた。
思ったよりもずっと、気が張り詰めていたらしい。自分でも気づかないような威勢も、きっとこのサーヴァントたちは理解していたはずだ。それでも何も言わないまま、アルトリアはエクスカリバーをしまった。
「これで一件落着だな。別れは言わん。また会おう、とだけマスターに伝えておいてくれ」
アルトリアはそう言うと、バレルの淵へと向かう。カヴァス2世に別れを言うためだろう。退去する前に急いでねぐらに帰ろうとしていた。
ふと、アルトリアは立ち止まってこちらを振り返り、いたずらっぽく笑う。
「あぁそうだ、ジャンヌとマスターの邪魔はしないでやれ。どうせカルデアで再会できるなら、その騎士王とここで待機していればいい」
そう言い残して、アルトリアはバレルから飛び降りていった。地上に囮として放置したバイクまで直接空中から向かったらしい。
どうやらジャンヌは生きていたらしく、立香に合流したサーヴァントの一人がジャンヌのようだ。
邪魔をするな、というのが具体的にどういうものなのか分からなかったが、唯斗とて無粋な真似はしたくない。
アルトリアが消えると、残されたエミヤも、手に持っていた銃を消失させながら立ち去ろうとした。
そこで唯斗は、つい声をかける。
「…なぁ、エミヤは一体、どういう英霊なんだ」
「ほう、そちらの俺は話していなかったか。俺から言ってもいいのかね?」
エミヤはニヤリとして聞き返す。言われてみればそうだ。そういうことは、本人から聞きたかった。
「…悪い。忘れろ。とりあえず、最後に手を貸してくれて助かった。礼を言う」
「なに、ちょっとしたチケット代のようなものだ。エクスカリバー2本など早々お目にかかれるものではないからな。ではな、唯斗」
最後にエミヤ・オルタは唯斗の名前を呼んで、階下へと消えていった。彼もとっとと消失するのだろう。
アルトリアにここで待機してやれと言われていたことから、唯斗は階下には向かわず、ここで帰還レイシフトを待つことにする。
支えてくれていたアーサーに、誰もいなくなったことで思い切り凭れかかる。
それをものともせず、アーサーは防具を消しながら唯斗を抱き締めた。
冷たい防具がなくなったことで、唯斗はアーサーに深く抱きついて肩に顔を埋める。
「…なんか、この特異点はずっとアーサーと一緒にいたよな」
「そうだね。君を一番近いところで守れて良かった。それに、グランドオーダーを通じて成長した君の姿を再確認できたよ」
「再確認?」
思ってもみなかった言葉に、至近距離にあるアーサーの顔を見上げる。アーサーは微笑んで唯斗の目元を指でそっと撫でた。
「藤丸君とも長いこと一緒に行動しただろう?特に、今回は空間が狭かった分、会話も多かった。あの善性のモリアーティの言葉通りだ。君たちはとても良い仲だと思うよ。友人、というような感じよりも、ずっと深く、信頼し合った仲だ。何より、君はそれを自覚して、慈しんで、大切にした。それを守ろうとした。それが、この特異点でずっと見受けられていたように思うよ」
「…そう、かもな」
言われてみれば、今回は立香とよく一緒にいたし、会話も密度が濃かった。
モリアーティを信じたのではなく立香を信じていたし、コロラトゥーラの起爆装置を巡るやりとりや、その後の歌舞伎町で二人での戦いをしたこともそうだ。
先ほどの最後の戦いでも、唯斗は立香を信じてここへやってきた。
だが立香とのことだけではない。この特異点では、アーサーの初めて見る姿も多かった。
「俺もさ、ここで、アーサーの意外なとこたくさん見た。この特異点の性質も大いにあっただろうけど…」
「あぁ…そうだね、恋人として、サーヴァントとして、君を第一に守り、君のために戦っていたからね。少し前にも言ったけど、これが騎士王を恋人にする、ということでもあるよ」
「心臓持たない…」
「ふふ、可愛いね、唯斗」
アーサーは唯斗の耳元でそう囁いた。わざと低く言っていると分かっているのに、唯斗は背筋を駆け上がるぞくぞくとした感覚にふるりと震えた。
「アー、サー…」
「そうだ、思い出した」
ふとアーサーはおもむろにそう口を開いた。何かと思って翡翠の瞳を見上げると、アーサーはにっこりと微笑む。
「カルデアに戻ったら覚悟しておいて、と言ったからね、僕は。今からでも遅くない、心の準備はしておいてくれ」
「あ………」
そんな言葉と同時に、レイシフトが始まった。体の五感が急速に薄れていく。
戻ったらいったいどうなるんだ。そう思いながら、唯斗は新宿の街が視界から消え去っていくのを見届けた。