なくしたものと得たもの−1
なんとか無事に新宿に帰還することができた立香と唯斗だったが、やはりというか、残ってくれていた英霊たちはとても心配して出迎えてくれた。
もともと立香と唯斗のために残ってくれていたほどだ、まさか魔神柱に生き残りがいて、そのせいで新宿ごと殺害されるかもしれなかったと来れば、かなり動揺していた。
さらに、ホームズがなぜかカルデアに居着くようになったが、そのホームズ曰く、魔神柱は合計4体が時間神殿から離脱して生き延びているとのことだ。
バアルがそうだったように、4体とも個人的な目的のために生きているということもあり、残る3体による特異点の発生が危惧される。
唯斗としては、そもそもホームズはどうやってレイシフトのようなことをしているのか謎だったが、「今は知るべきときではない」と腹の立つことを言われてしまった。
とにもかくにも、カルデアはこれより生き延びた魔神柱の捜索と、もしそうした魔神柱による特異点が発生したときに備えて警戒態勢に入ることになった。
しかしいまだに魔術協会からの使者は来ていない。人員の補充もない。外の世界は依然として混乱が続き、ダ・ヴィンチが所長代理となったままだった。
あの所長席はもうしばらく空席となるらしい。
***
新宿からの帰還の翌日、唯斗は立香に話があると言われて、自室で立香を待っていた。
レイシフト後ということもあり、二人ともオフだ。
消灯間際の時間だったが、立香は唯斗の部屋にやってきて、ベッドに座った唯斗の左隣に同じように腰掛けた。
アーサーをはじめ、唯斗のサーヴァントは立香のことを聞いているためここにはやってこない。
こういう形での二人きり、というのは珍しかった。
「話って?」
「うーん…自分でも、実はこう、目的とか、解決したいことがあるとか、そういうはっきりしたことじゃないんだけどね」
「……ロマニのことか?」
立香は、少しいつもと様子が違うように見えた。疲れているようなものではなく、あからさまに沈んでいるわけでもないのだが、普段の明るい様子ではなかった。
立香がこうなるとすれば、ロマニのことだろうか、と唯斗は予想したが、立香は目を丸くする。
「…俺、そんな分かりやすかった?」
「どうだろうな。まぁ、いつもと同じ特異点探索だったからこそ、ロマニがいないこと、マシュがカルデアにいること、そういう違いが実感されたってのは、俺も同じだったし」
「……うん、そうなんだ」
どうやら唯斗の読みは当たっていたらしい。立香は力なく笑ってから、後ろでシーツに両手をついて上体を反らすように天井を仰ぎ見る。
「…いつもより戦闘も移動も少なかったから、考える時間が多くてさ。つい、ロマニがいたら、って考えちゃったんだ」
それは立香だけではなかった。
マシュもダ・ヴィンチも、ロマニがいれば、いつもだったら、そんなことをつい口にしてしまいそうになる場面が何度もあった。
「そうだな。今回はモリアーティやホームズみたいな天才がいたから、議論とかもスムーズだったけど、ロマニがそういうことやってくれてたしな」
「考えることは僕の仕事だから、っていつも言ってたよ。たまに唯斗にその役目奪われてしょげてたけど」
立香は思い出したように小さく笑ってから、今度は両腕を膝の上に置いて上半身を前に軽く倒し、膝に肘をつく体勢で床に視線を落とした。
立香の複雑に目まぐるしく動く心の動揺が、体の動きに現れているように見える。
唯斗はいまだに、そこまで人の感情の機微に理解が及ぶようになったわけではない。立香とは長いこと一緒にいるから予想がつくだけだ。
それでも、立香はその心に蟠る感情を持て余して、話もまとまらないまま、唯斗のところに来た。
頼られている、そう考えていいだろう。自信はないけれど、唯斗は正面からそれを受け止めようと思った。立香だって、唯斗から洗練された慰めの言葉が欲しいわけではないだろう。それを求めるなら、立香は円卓の騎士のような大人を頼ったはず。
唯斗のところに来たのは、立香が、等身大な相手を求めていることの現れなのだろう。