なくしたものと得たもの−2
「なんかさ、ずっと実感がなかったんだ。あの時間神殿でだって、正直、何が起きてるのかあんま分からなくて、分からなかったのに、ドクターは英雄としての勤めを果たした」
終局特異点にて、ゲーティアを倒すために「魔術王としての死」が必要だった。それは、ロマニが指輪を返還して神から与えられた権能を放棄することでしか成し遂げられなかった。
唯斗とて、あのときは無我夢中だった。矢継ぎ早にとてつもないスケールの話が展開されていったあの空間は、今でもフィクションや夢だったのではないかと思うほどだ。
「時間神殿から帰ってきてすぐに、外の世界との通信が始まって、魔術協会から人が来て…それも落ち着いたと思ったらすぐ新宿だったから、なんか、いろいろなことに向き合う時間がなかったんだ」
「本当にな。時間神殿から帰ってきて二日後に新宿だったもんな」
新宿で1週間ほど過ごしたため、現在は2月に入っている。
今まではカルデアの数える時間だけの話だったが、今はもう、外の世界も等しく2017年2月だ。
「…新宿は、いつもと違うことがたくさんあったけど、特異点を探索して味方のサーヴァントを探す、っていうのはいつもと同じだった。なんか小さい聖杯も手に入ったし。でも、いつもと同じだったからこそ、ドクターはもういないんだって、実感しちゃったんだ。何より、カルデアに戻って出迎えてくれたのはダ・ヴィンチちゃんとマシュで、帰還後検査をやってくれたのはナイチンゲールで、なんか帰ってきた感じがあんまりしなかった」
立香が言うとおり、帰還してからの検査を行ったのは、ロマニに代わって医務室を切り盛りすることも多かったナイチンゲールとサンソンだ。立香はナイチンゲールが、唯斗はサンソンが担当してくれたが、立香についてはいつもロマニとナイチンゲールの二人で行っていた。
もっぱら、身体的な部分はナイチンゲールが行い、メンタルケアをロマニがやっていたようだ。唯斗の場合は、後者が不要だったことから、サンソンが一人でやっていた。
唯斗にとってはいつものことだった一方で、立香にとってはロマニによるメンタル面の確認が行われなかったことも、心を不安定にしている理由なのだ。
「俺さ、よくレイシフトの後のドクターとの検査で長話してたんだよね。ドクターも忙しいのに…最初は、単に危ないことするなとか、サーヴァントを庇うなとか、怪我に慣れるなとか、よく怒られてたんだけどさ」
「確かに、いつも俺の方が先に検査終わってたな。サンソンが来て俺のこと主に担当してくれるようになったのが第一特異点の後からだから、俺がロマニに検査してもらったの、特異点Fとフランスだけだったけど」
「そうそう。唯斗はとっとと部屋戻ってたもんね」
検査ついでに立香がロマニとよく話していたのは知っていた。当然だ、それに甘んじていたのだから。
ロマニが立香のことを支えてくれているから、唯斗は立香と距離を置いていた。自分ではそのような役割は果たせないと思っていたし、事実、あの頃の無気力な唯斗では立香を支えることなどできなかっただろう。
軟弱な言動が多かった男だが、医者として、ロマニはとても頼れる大人だった。特に立香とマシュにとっては。
「…あぁ、それに、問診で俺が『こう答えれば迷惑かけない』って思って答えてたの、ロマニにバレて注意されたこともあったな」
「問題児だな」
「そうかも。うん、でも…ロマニはそれを分かった上で、許してくれてたのかもしれない。俺も、自分は大丈夫だ、問題ない、怖くない、またすぐレイシフトできる、そうやって思ってないと潰れるかもしれなかったから」
立香の言葉に息を呑む。健康状態を把握するための問診で模範解答を予想して答えるという行為が、立香にとって、自分は大丈夫だと言い聞かせる役割を果たしていたというのだ。
そうでもしないと、立香は挫けそうになっていたということだ。