なくしたものと得たもの−4


「本当に、ドクターはずっと最後にどうなるか分かってた。分かってて、10年もの間、人理焼却を防ぐために努力してたんだよね」

「……、立香、」


立香の声が次第に震えていく。
あぁ、これはもう、溢れてしまう、そう直感で思った。


「ドクターと過ごす時間を、俺は、全部当たり前のものだと思ってた。怒られたり、心配されたり、隠してたおやつ一緒に食べたり、唯斗のこと相談したり、そういう時間全部、俺は、なんでもないものだと思ってた」

「…うん」

「っ、そういうの、なくなっちゃったんだなって、俺、自分勝手だ…ドクターは、せっかく人間になったのに、人間としての時間をほとんど人理のために費やして…魔術師としての自分を終わりにするために努力してきたのに、そんな彼の一瞬一瞬を、俺、もっと大事にしてあげれば良かった…、ろくに、お礼すら…ッ!!」


記憶を思い返すごとに、立香の中には、失ってしまった何気ない時間の尊さを悲しみ、そんな自分のエゴとロマニの人生とのアンバランスさを自己批判する気持ちが高まっていったのだろう。
目からボロボロと大粒の涙をこぼして、立香は声を震わせながら、目元を腕で隠した。開いた膝の間に水滴が落ちていく。

唯斗はグランドオーダーで確かに成長したが、かといってそれは最低ラインに達したというだけのものであり、依然として気の利いた言葉が言えるわけでも、気分を高揚させる話ができるわけでもない。
だが、人を支え慈しみ、大切にすることは、一つしか方法がないわけでもないのだ。

唯斗は先ほどとは逆に立香の背中をそっと撫でる。


「…立香、ここは誰も霊体化して控えてないし、立香を心配してしまうマシュもいない。俺だってロマニのことは悲しいけど、でも俺にはアーサーがいる。だから、俺に寄り掛かることは、とてもハードルが低いことだと思うんだけど」


誰かが見ているわけではなく、弱いところを見せたくない相手がいるわけでもなく、そして唯斗は最も頼れる騎士王がついている。
そんな唯斗相手であれば、寄り掛かることに問題はないだろう。

そういうことを告げると、立香は美しい瞳にたっぷりと水滴を貯めながらこちらを見遣り、そして小さく笑う。


「……うん、ありがとう」


立香はそう礼を言って、唯斗に抱きついた。唯斗の肩に顔を隠すように、左隣に座ったまま唯斗の背中に腕を回す。
唯斗もそれに応じて立香の背中を摩りながら、立香にもあのことを話そうと思い至った。


「…あのさ、立香」


唯斗の左肩は冷たく濡れた感触が僅かにし始めたが、まったく不快にならない。
むしろ、第二特異点へのレイシフトの前に食堂で一人泣いていた立香を見たときからは考えられない距離だと感慨深く思った。


「…アーサーって、実は俺に初めて会ったときよりももっと前に日本に来てたことがあるんだ」

「…?唯斗が11歳のとき、だったっけ?」


涙声で言う立香に、唯斗は苦笑して答えなくていい、と背中をぽんぽんと撫でてやりながら肯定する。


「そうだよ。アーサーはたまたま一瞬だけ日本に転移してきて、そのとき、本当にたまたま、ロマニに会ったんだ。何の縁かは分からないけど…それで、ロマニは異世界の騎士王に対して、ソロモンとしてこの世界で起きようとしてることを話した。人理焼却が為されてしまって、さらにそんなカルデアにアーサーが来るようなことがあったら…そのときに、なくなってしまった明日を取り戻すために戦う『愛と希望を担う誰か』に会えるはずだって、そう言ったんだって」


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