砂糖は不要−2


ついにバレンタインがやってきた。
今年唯斗が用意したのは、自分のサーヴァント10人分のほか、立香や手伝ってくれたブーディカ、そのほか世話になっているキャスターやロビンフッドなど立香のサーヴァントも含めそれなりの数のチョコレートである。
立香は何倍もの量で作成していた。

ちなみに、ブーディカに「一つだけ特別なヤツにしたい」と恥を承知で頼んだところ、案の定、「可愛い!!」と猛烈な勢いで愛でられ豊満なバストで窒息するかと思った。


そうして午後になり、チョコも十分に冷えて配る段階となったわけだが、今年も去年同様、部屋に呼べるサーヴァントには時間を指定して来てもらうことにしていた。
足労かけるのは忍びなかったが、それぞれの部屋に行くとアーサーが良い顔をしないであろうことから、必ず次のサーヴァントが現れるように時間を指定した形だ。

まず初めにやってきたのはサンソンで、部屋に招き入れようと扉を開くなり、視界に入った白い花束に驚く。同時に、清廉な香りも漂ってくる。


「こんにちはマスター」

「あ、あぁ、呼び出して悪い…てかすげぇなそれ、白百合か?」


サンソンを部屋に入れ扉が閉まると、サンソンは微笑んで抱えていた花束を差し出す。


「はい。白百合の花束です。特異点から持ち帰った種をカルデアの屋内菜園で育てていたので」

「え、サンソンが育てたのか、これ」


花束を受け取ると、6、7本ほどの白い百合が気品のある匂いを立てて、鼻腔をくすぐる。
当然、この日に呼び出したとあれば、昨年も経験しているサンソンが準備しておかないわけがないとは思ったが、ここまでしてくれるとは思わなかった。


「…いつか、どこかのタイミングであなたに渡したかったのです」


サンソンはそう答えると、唯斗の頬を撫でる。それに促されるようにサンソンを見上げると、少しだけ困ったような顔をしていた。


「…本当は、退去するときにこの花を渡そうと思っていました。グランドオーダーが終われば英霊の数を揃える必要はない。有事の際を想定するとしても、騎士王や三大騎士クラスが残っていれば問題ない…いいえ、僕である必要がない、と」

「っ、サンソン、」


即座に否定しようとした唯斗を、サンソンは唯斗の唇にそっと人差し指を押し当てて黙らせる。まったく優しいその指1本で、唯斗は口をつぐんだ。


「もちろん僕にしかできないことがあります。いえ、ドクター・アーキマンがいなくなった今、あなたの医療面でのサポートができるのはむしろ僕だけです。そうであっても、そもそも外の世界が元に戻れば人材も補充されます。だから、潔く、グランドオーダーの終結とともに退去しようと考えていました。ずるずると残ってしまっては、本当に座に帰れなくなってしまう…名残惜しさに、あなたと離れたくないという思いに、足が竦んでしまうと」

「そんなこと考えてたのか…」

「ええ。ですから、少しずつあなたとの別れを覚悟して、みっともなく離別できなくなる前に準備しようと、心の整理のために百合を育てたのです。僕が白百合に拘る理由も、それを他ならぬあなたに渡す理由も…もう、あなたなら分かりますね」


サンソンはふっと笑ってそう言った。その言葉の通り、唯斗には、ちゃんとそれが理解できる。
白百合はフランス王室の象徴で、フルール・ド・リスという。ただ、王権の象徴としての百合は広義のアヤメ全般を意味するものであり、実際にフルール・ド・リスもアヤメの仲間であるアイリスを意匠化したものだとされる。
とはいえ白百合がフランス王室の象徴であることに変わりなく、王党派だったサンソンが、とりわけ王室を支持していたにも関わらずその王政を終わらせる断頭を行ったことを踏まえれば、サンソンが百合を最も特別な花として唯斗に特別な意味で贈ろうとしていたのだと分かる。


「人員の補充が行われることになったら退去しよう、そう考えていた矢先、まだ戦いが続くことになり、複雑な気持ちになりました。マスターともっと一緒にいられることに喜ぶ一方で、まだあなたが戦いに巻き込まれるのかと思うと…本来続くべき状況ではないはずなのに」


どうやらサンソンは、一緒にいられる時間が延長された喜びと、それが同時にまだ戦わなければならないという事実も意味するものであるため、複雑な思いをしているようだ。
サンソンは騎士でも戦士でも王でも魔術師でもない。唯斗のサーヴァントの中で唯一、近代の普通の人間だった英霊だ。心の葛藤も、唯斗の感覚に近しいものだった。
ただ、唯斗はもう少し単純に考えている。


「…俺は、みんなとまだ一緒にいられて嬉しい。確かに戦いが続くのは苦しい場面もあるだろうけど…そういう怪我や危険だって、大事だよ」

「マスター…」

「それに、頼もしいサーヴァントたちが守ってくれるし、サンソンが俺のこと回復してくれる。改めて、残ってくれてありがとう、サンソン。もう少し、俺と一緒に戦ってくれるか?」


素直にそう告げると、サンソンは一瞬目を見張ってから破顔する。そして唯斗の腰を抱き寄せて、耳元で囁いた。


「…ええ、もちろんです、我が最愛の人」


グランドオーダーが終わった今、いつまで彼らと一緒にいられるか分からない。アーサーは当分共にいられるだろうが、他のサーヴァントたちは、離別の時がそう遠い先のことではないのだ。
なんだか急にそれが意識されてしまって、唯斗はつい、サンソンの肩に顔を押しつける。サンソンは苦笑しながら唯斗の後頭部を撫でた。


「すみません、寂しい思いをさせてしまいましたね。大丈夫、すべてが片付くまでカルデアにいます」

「いや…別れるのはつらいけど、それでも俺はこれからもサンソンやみんなのこと大事に思うのをやめない。苦しいって分かってても、みんなとの一瞬を大切にしていきたい」

「っ、マスター…!」


サンソンは息を飲んでから、唯斗を深く抱き締めた。より体が密着しそうになって、慌てて花束を二人の体の間から出してサンソンの背中に回す手に持つ。

アーサーとの離別を覚悟していたときと同じだ。恐らくアーサーよりも先に、他のサーヴァントたちとは別れるときが来るだろう。そう分かっていても、そのときにつらい思いになると知っていても、唯斗は今この一瞬を尊ぶことをやめない。
そうやって、唯斗は英霊たちと共に在りたいと、改めて思ったのだった。


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