砂糖は不要−3
サンソンが退室してほとんどすぐに、ディルムッドがやってきた。
ちなみに今回も、部屋に来てくれたサーヴァントにはチョコを渡すだけに留めている。本当は一緒に食べていくくらいのことはしても良いのでは、と思ったのだが、サンソンは「チョコだけでは足りずもっと食べてしまうかもしれません」と固辞した。さすがにその意味が分からない唯斗ではないため、丁重に見送ったばかりである。
そうしてやってきたディルムッドのために扉を開くと、先ほどと同じように、視界に花束が映った。
しかも、真っ赤なそれは極めて目立つ。
「う、わ…」
「失礼いたします、マスター」
とりあえず室内に招き入れつつ、その手に抱えられた赤いバラの花束を見て、本当にこの男はこういうことを当然のようにするのだな、と感慨深くすらあった。
「一度ならず二度までもこのような機会をいただき、この喜び、言葉にはし尽くせません」
いつも通りチョコだけで大仰な、と思ってしまうが、赤いバラを見れば、言葉だけならまだマシだと言える。
「…ディルムッド、その、俺はさすがにバラの本数全部の意味を知ってるわけじゃないんだけど…5本、っていうのは…?」
ディルムッドが抱える花束は、赤いバラが5本。どういう意味になるのだろうと聞いてみると、ディルムッドはふわりと微笑む。
「5本のバラは『あなたに出会えた喜び』を意味するものです。折に触れてお伝えしてきたことですが、どれだけ言葉や行動を尽くしてもまだ足りません」
思ったよりも色のないものだったが、同時に、ディルムッドが自分で言っている通り、これまで何度も伝えてきてくれたことだ。
唯斗に会えて良かった、唯斗のサーヴァントになれて良かったといつも様々な形で伝えてくれる。こんなにも出会いを感謝されたことなどなかった唯斗だが、確かにここ数か月はこうした感情を真っすぐ受け止めて、周囲の人々が唯斗を大事に思ってくれる環境に慣れつつあった。
それでも、ディルムッドはいつも唯斗の慣れを超えてくる言動で、出会いへの喜びを伝えようとしてくるのである。
だから、唯斗は思わず言葉が口をついて出た。
「…こんなに自分の存在を喜ばれたことなんてなかった。俺なんかがここまで喜ばれてしまっていいのか、っていまだに思っちゃうな、どうしても」
ディルムッドはそれを聞いて怒ることはなかったが、少しだけ悲しそうに笑ってから、花束を潰さないようゆったりと唯斗を抱き締める。
身長差も腕のリーチも違うため、それでもしっかりと唯斗の腕の中に包まれるような状態だ。
「そればかりは、致し方ありますまい。いえ、過去にあなたをそこまで苦しめた者たちへの怒りはありますが…マスターが私の感情で委縮してしまうかもしれないことは、分かってはいたのです。けれど、グランドオーダーが終わった今、別れの時はいつ来るか分かりません。ならば、私は常に最大の感謝と喜びをあなたにお伝えしたいのです」
先ほど唯斗がサンソンに伝えたことにも通ずるものだ。今この一瞬を大事にする、それは覚悟の必要なことである。
唯斗はそっとディルムッドの肩に額を乗せて頭を預ける。サンソンやディルムッドは、いつも強い感情をはっきり唯斗に分かるよう伝えてくれるため、これくらいしても大丈夫だと唯斗でも思える。そうなるようにしてくれたのだ。
「…俺も、いつか来る別れがつらいモンだって分かってても、こういう時間を大切にすることから逃げないようにしたいって思う。もうちょっとだけ、一緒に戦って欲しい」
「もちろんです、我が主よ。あなたの強さも優しさも、このディルムッド・オディナが必ずや守り抜いてみせましょう」
バラの甘い香りが腕の中に漂う。魔神柱の残党狩りがどの程度続くのかは分からない。終わりがいつ来るか分からないことは不安ではあったが、今の唯斗であれば、それまでの一瞬一瞬を大事にしていけるだろう。