悪性隔絶魔境新宿I−5
レイシフトが完了し、重力と五感が一気に戻る感覚まではいつも通りだった。
しかしいつもと違うのは、地面に降り立った瞬間、夜の人工的な電気の明かりに包まれて、喧噪が耳に満ちたことだ。
すぐに目を開いて周囲の状況を確認しながら、結界を展開できるように魔術回路を開いておく。
「おい見ろ、ガキが急に現れたぞ!」
「捕まえろ!!」
それが功を奏して、唯斗が今、柄の悪いチンピラたちに取り囲まれ、敵意を向けられているのがすぐに分かった。
しかも、チンピラは魔力を纏っており、魔術師のような力を持っているようだった。ただの人間に囲まれているのではなく、完全にこれまでの特異点と同じ敵性体だ。
さらに悪いことに、どうやら立香やアーサー、キャスターとは離れているようで、通信からはマシュの焦ったような声が立香を起こそうとしているようだった。立香は気を失っているらしい。それも、空中を落下しながら。
立香は気を失ったまま空を落下中、そして唯斗はたった一人で敵陣のど真ん中に降り立ったということだ。
「最悪だ…!」
唯斗は呻きつつ、こちらに鉄パイプを振りかざすチンピラたちに、次々とガンドをかましていく。
吹き飛ばされたチンピラたちを目で追って、そこでようやく、ここが新宿三丁目交差点だと気づいた。伊勢丹の古めかしい瀟洒な建物がボロボロになっており、周囲の商業ビルもどこか知っているものと違う。崩れていたり、やたら鉄板などで防御されていたり、まったく異なるテナントになっていたりと、時代の違い以上の相違点が散見された。
「まずい、コロラトゥーラだ!」
「逃げろ!!」
すると、こちらに迫っていたチンピラたちは口々に悲鳴を上げて逃げ始めた。唯斗に見向きもせず、一目散に逃げていく。
コロラトゥーラ、オペラ座の怪人におけるクリスティーナの人形の名前である。
チンピラたちが逃げていく以上は、唯斗も隠れて様子を見た方がいいかと思ったが、その前に交差点の四方向すべてがマネキンのような人形に囲まれていた。戦闘中にすでに包囲されていたようだ。
チンピラたちのうち、逃げ遅れた者は次々とコロラトゥーラに殺されていく。マネキン人形ではあるが、その魔力量は第七特異点の魔獣にも匹敵していた。
「…、これは…」
まずい、と思って離脱を図るが、それより先にコロラトゥーラの何体かがこちらに急接近した。
その手足を伸ばし、その先がニードルのように鋭く尖る。突き刺すつもりだろう。
結界で攻撃を一度防いでから、唯斗は左手に魔力を籠める。
「
天よ、地よ、真実を見よ!」
魔力による巨石メンヒルがコンクリートを突き破って出現し、上空からも降り注いでコロラトゥーラたちを爆発で吹き飛ばす。
爆風で周囲の建物の窓ガラスが一斉に砕け、信号が折れて街灯が火花を散らして倒れる。
しかしそれでも、立ちこめる煙の合間からコロラトゥーラが突撃してきた。腕が取れているが、人形だからか、痛みなどは感じていないようである。
足を突き出してドロップキックのように煙から飛び出してきたコロラトゥーラに、唯斗は結界を展開したものの、一瞬で破られた。
「な…ッ!」
まさかこの速さで破られるとは思わなかった。魔力を脚部に集中させる程度の細かい芸当はできるらしい。
咄嗟に避けたが、体を庇った右手をコロラトゥーラの足が掠め、抉るように手首を傷つけて血が飛び散る。
「ぐ…っ、くそ、数が…」
今ので通信機は壊れたようで、焦っていたマシュやダ・ヴィンチの声が聞こえなくなる。血が滴る手首は治癒術式ですぐに治ったものの、コロラトゥーラはさらに増えて交差点を埋めていた。
これはもう頼るしかない、と、到着が遅いアーサーを強制的にここへ呼び出すことにした。
「アーサー!!」