砂糖は不要−4


ディルムッドにもチョコを渡して、そして同様にディルムッドが「自制が効かなくなるのを防ぐため」と言って退室していったあと、唯斗はサンソンからもらった白百合とディルムッドからもらったバラの花束を、カルデアに来たばかりのときに渡された花瓶に水を入れて差した。

鉢植えと切り花用の花瓶を渡されたのはカルデアに来てすぐのときで、窓すらない自室を少しでも華やかにするためというメンタルヘルスの観点からのものだった。
多くのスタッフやマスター候補たちはそれなりに使っていたようだが、唯斗はすぐにすべて枯らしてしまい、特に新しいものを用意してもらうでもなく、枯れた花の死体が陳列された花瓶が置かれていただけだった。

グランドオーダーが始まってからは花瓶ごとすべてクローゼットにしまっていたが、まさかグランドオーダーが終わってから日の目を見ることになるとは。


そうして待っているとすぐに次のサーヴァントがやってきた。


「よっ、待たせたなマスター」

「アーラシュ、わざわざ悪いな来てもらって」


ロックしていなかった扉をスライドさせて入ってきたのはアーラシュで、いつも通り朗らかな笑みを浮かべている。
アーラシュは壁の一角に置かれた花瓶を見て苦笑する。


「実物見ると盛大だなぁ」

「また視えてたのか?」

「おう。本当は俺もバラにしようかと思ったンだが、まぁガラじゃねぇし、被るなら俺が変えようと思ったんだ」

「バラの原産はイランだし、ガラじゃないってことはないだろ」

「お、よく知ってるな、さすがマスター」


バラの原産は実はイランである。イランは主に秋に咲くバラが有名で、10月から11月にかけては街中にバラが咲き乱れることもある。とはいえ広大なイランの大地では、バラが見られる場所とそうでない場所があるのだが。

立ち上がって出迎えた唯斗の正面に立ったアーラシュは、ポケットから何かを取り出す。


「そんで、被らないようにっていうんで代わりに用意したのがこれだ」

「え、これ…ターコイズか?」


アーラシュの大きな手から唯斗の手の平に置かれたのは、水色の美しい小石だった。一目で上質な青だと分かるこれは、ターコイズ、トルコ石だ。
そういえば、ターコイズの産出もイランが最古級である。とはいえ、ターコイズは人類が最も早くに手にした宝石の一つであり、中国でも殷王朝が、アメリカではアステカ文明が宝飾品として利用しているし、古代メソポタミアでもラピスラズリと並ぶ青い宝石だった。古代エジプト、ペルシアももちろん宝石として使っている。
なお、トルコ石という名は、単にアフリカやイランで発掘されたターコイズがトルコを通って欧州に持ち込まれたからであり、現在のトルコでターコイズは産出されない。


「おう。最終決戦の前、第六特異点から派生した特異点で手に入れてたんだ。ホラーサーンのものが手に入れば良かったンだが、ま、パレスティナ産で我慢してくれや」

「いつの間に…」

「カルデアから退去するときに渡そうと思っててな。まぁそこも、ムッシュ・ド・パリと同じ発想だったわけだが」


どうやらアーラシュも、別れ際に渡そうと準備していたものを今回くれたらしい。手の平で照明を反射するクリームめいた青は、まるで青磁器のような美しさで、何よりこれをアーラシュが自ら準備してくれていたという事実が嬉しかった。


「…そんな、俺が世話になったってのに」

「気持ちだからな。いや、本気で気持ちを示したらお前さんが困っちまうから、石に託したって方が正しいか」

「…?」


どういうことかと首をかしげると、アーラシュは苦笑して唯斗の頭をがさつに撫でる。髪の毛を混ぜ返されるようなそれを甘んじて受けていると、唐突にアーラシュはその顔を唯斗の耳元に寄せた。


「言っただろ?聖杯奪ってお前さんをここから連れ去って、世界の果てで受肉して二人で生きてくくらいのことは俺でも考えてたんだ。そういうドロドロしたモン、全部この石に籠めて蓋してやったわけだ」

「ッ!」


低く濡れたように囁くアーラシュの言葉に、さっと頭に熱が集中する。
そうだ、アーラシュは、人間を等しく守るべきものとしてしか認識しておらず、個人として接することを避けていたのに、唯斗には個人としての執着を見せていた。
普段はそんなことを一切感じさせないカラッとした兄貴肌な分、油断してしまった。

アーラシュはニヤリとすると、唯斗の腰をぐいっと抱き寄せる。


「自分の感情だけならなんとでもなるンだがな。さっきからマスター、寂しそうな顔してるだろ。そんな可愛い顔されちゃあ、連れ去って囲いたくなるってモンだ」

「っ、そんな顔に出てたか…?」

「おう。ま、もしもお前さんを傷つけようとする輩が現れたら、俺や他のサーヴァントがマジで誘拐してでも助けだそうとするかもだけどな。そうならないといいな」

「……本当にな」


それこそ、新宿でアーサーが大暴れしたようなことを、他のサーヴァントまでやり始めるということだ。本当に一国が滅びてしまう。
そんな軽口で空気を変えてくれたアーラシュは体を離すと、渡そうとしていたチョコをひょいと奪って扉へ向かう。


「とりあえずもうしばらくよろしくな、マスター」

「…あぁ、俺こそよろしく頼む」


名だたる大英雄たちにそこまで思われるには、いまだに自覚ができていない部分もあるのだが、これもこの旅の一つの形なのだろう。


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