砂糖は不要−5
アーラシュにもらったターコイズをデスクに置いて眺めていると、扉がスライドする音が響く。ロックをかけないままだったため、次のサーヴァントがそのまま入ってきたようだ。
「お呼びかね、マスター」
「あぁ、悪いな来てもらって。てか用事はわかってるだろ」
「まぁね」
入って来たのはエミヤで、今日は赤い胴衣などはせず、黒いインナー姿で髪を下ろしている。よくこういうラフな格好をしていることが、とりわけグランドオーダーの後半から多くなった。
エミヤは花瓶の白百合とバラ、そしてデスクのターコイズを見て苦笑する。
「相変わらず重いな」
「そうか?なんかもう慣れたけど」
「サーヴァントがマスターである個人に対してこうも深い感情を抱くとは、君は魔性か何かかね」
「それは立香だってそうだろ…」
エミヤは肩を竦めながらベッドのそばまでやってきたため、唯斗は座っているベッドの左隣を示す。隣に腰かけたエミヤに、例によってチョコレートを手渡した。
「はいこれ。去年よりちょっと複雑だった気がする」
「私が去年プレゼントした器具を使ったか?」
「あぁ。めっちゃアラート鳴ったわ」
「それは何より。慎重なようで意外とガサツで大胆なことがあるからな、君は」
「喧嘩売られてんのかこれは」
余計なことを言うのはいつものことで、こんな軽いコミュニケーションも1年以上やれば当たり前のものになる。
エミヤはチョコレートを受け取ってから、手に持っていた紙の束を唯斗に渡した。
「私からはこれだ」
「…?なんだこれ。レシピか?」
「その通り。君がカルデアから家に戻っても、きちんとした食生活が続くよう整えておいたものだ。材料の切り方から味付けのポイントまで体系的にまとめてある」
「…、すげぇ、ありがとな」
受け取った紙束はレシピのようで、ほとんどはPCで入力された電子的なものだったが、ところどころにエミヤの手書きが残されている。
栄養価やカロリー計算、さらには体調が悪いときなど本当に丁寧な資料だ。
これはなんの変哲もない紙で、エミヤが書いたメモもただのインクである以上、魔力を一切含まないため、この程度の情報であればカルデアから持ち帰れるだろう。
たった一人で生活する大きな家で、この紙に書かれたエミヤの文字を見て、自分がどう思うか、想像に難くない。
そう考えて押し黙ってしまったからか、エミヤはそれを察して小さく笑う。
「先ほど、花やトルコ石を見つめる君の横顔にも思ったが…随分と寂しそうにしているな」
「あー…バレるよな」
「君は分かりやすいからな」
エミヤには唯斗の心境はお見通しらしい。いや、サンソンもディルムッドもアーラシュも分かっていた。エミヤが言うとおり、唯斗は感情を上手に隠せるほど経験がない。今までは感情の起伏がない無気力だっただけで、グランドオーダーが始まってから初めて様々な感情に動かされてきたのだから。
「…サンソンとアーラシュは、グランドオーダーが終わって退去するときに俺に渡すものとして用意してたものを渡してくれたんだ。ディルムッドも、伝えられるうちに余すことなく感情を伝えたいって。そういうの聞いて、魔神柱のことでまだ戦いが長引いてるけど、それでも、すぐそこに別れがあるって、なんか急にめっちゃ実感してさ」
「みな考えることは同じだな。最後に君に何ができるか、それは全員が考えていたことだろう。いや、あの賢王と花の魔術師あたりはこうなることも分かっていたのかもしれないが」
「……誰かと別れて離れることが寂しいって感じるの、初めてだから、どうすればいいのか分からない。いや、どうしようもないんだけどな、別れが来ることを避けられるでもないし。だからちょっと、うん、持て余してる」
素直に今の心境を述べると、エミヤが微笑む気配がした。見上げようとしたところ、それより先に唯斗の頭にぽんと大きな手が乗せられる。