砂糖は不要−7


唯斗は驚いて体を離す。エミヤは意外にも表情は緩やかで、エミヤの腕からは出たものの、唯斗はまだ凭れているし、エミヤの腕は唯斗の肩にある。


「抑止には2種類あるが、これは知っているな?」

「星の抑止と人類の抑止だろ。サーヴァントは基本的に後者の抑止力が生み出す存在だけど、一方で地球にとっても人類にとっても、互いの存在が互いの生存に不可分である以上、実質としては使い分けないんじゃなかったか」

「その通り、さすがだな。しかし抑止力も大まかにはその通りだが、意外と細かいレベルでの力もあってね。人理を揺るがし得る事象が起きた際に、それを後からなかったことにする役割がある。それが守護者の仕事だ。すなわち、体の良い掃除屋ということさ」

「事象が起きてからじゃ遅いだろ…」


エミヤが言うには、霊長の抑止力が人類存続に影響を与える事象を事後的に処理するべく、守護者という存在を利用するらしい。
エミヤは普通の魔術師からそういう存在になった人物であるため、宝具がなく、代わりに固有結界が使えるのだそうだ。


「例えば、核兵器を持ち出したテロリストを全滅させる、みたいなことか?」

「ほう、よくそこまで具体的にイメージできたな。それは実際に私がこなした仕事の一つだよ」

「え……」

「君たちがこなしてきた人理修復のようなスケールの話ではないからね。主に現代のそうした可能性の芽を潰すことが仕事だった。だから事後処理で良かったわけだ。先ほど言ったろう?ただの掃除屋だよ」


唯斗たちがやってきたこととは違い、一つの事象で世界が終わるわけではない現代であれば、エミヤのような存在が事後的に何とかする形で済んできた、ということだ。

それは理解したが、それをなぜか自嘲気味にエミヤが言うのが解せなかった。取るに足らないことだと言っているかのようだ。
エミヤは皮肉屋だが、自虐めいたことはあまり言わない。そういうのは嫌だった唯斗は、エミヤの顔に手を伸ばす。
浅黒い肌に唯斗の白い指先が滑り、エミヤが軽く目を見張る。下ろされた白い前髪にそっと触れて、至近距離で目を合わせた。


「なんであれ、俺にとっては、最初に召喚に応じてくれて、戦う上で重要なことをたくさん教えてくれて、第一特異点でずっと俺のことサポートしてくれて、何よりずっと、俺のこといろいろな形で守ってくれてきたサーヴァントだ。一緒に世界を救ってくれた、特別な人だよ」

「ッ…!そうか……あぁ、そうだ、君はそういう子だったな」


息を飲んでから、エミヤは珍しく、気の抜けたようなやんわりとした笑みを浮かべた。
そして、唯斗をまた抱き締める。今度は正面からしっかりと抱き込まれ、背中に回った腕の温もりが伝わった。


「エミヤ…?」

「いや…誰かを愛おしいと感じる気持ちはカルデアに来るまで久しい間なかったんだが、いつの間にかそれにも慣れていた。今改めて、俺は君がとても大切なんだと再確認したよ」


改まって言われてしまうと、しかも普段そういうことをあまり言わないエミヤであることもあって、気恥ずかしくなる。だがそれよりもずっと、嬉しいと思う方が大きくて、唯斗は分厚いエミヤの体に抱きついた。


「…ん、ありがとな。なんか元気出た」

「そうか、それは良かった。それはそうと、あまり男と二人でこういう接触は危ないからしない方がいいと再三言い聞かせてきたはずだが?」

「いやいきなり話飛びすぎだろ、てかエミヤ相手だから警戒とか…」


するとおもむろに、何を言い出すかと思えばそんなことを言い出した。軽い口調だったため、唯斗もエミヤ相手に警戒する必要もないだろう、と言えば、エミヤは呆れたようにする。


「あのなぁ……」


そして、エミヤは唯斗の耳元に唇を寄せて低く囁く。


「俺も男だよ」

「っ、!」


びくりと肩をふるわせた唯斗に、エミヤは小さく笑ってから体を離す。心臓がバクバクと言っているが、エミヤはあっけらかんとしていた。


「さあ、他のサーヴァントのところへ行くんだろう。くれぐれも気をつけるように、特にギルガメッシュにはな」


そうしてエミヤは手をひらひらと振って部屋を去って行った。
残された唯斗はしばらく呆然と見送ってから、ベッドに倒れ込む。


「……なんで全員揃いも揃って………」


呻くような言葉は、チョコレートの香りが残る空気に溶けていった。


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