砂糖は不要−9


「ほれクサントス、なんか喋ってみろ」

「…………」

「…クサントス、ほれ」

「…………」

「…まぁ、ギリシア神話の神馬が喋るってことに違和感はないけど…」


一向に喋る気配のないクサントスに、唯斗がそうフォローすると、アキレウスはいよいよ焦り始める。


「いや本当なんだって!クサントス!ほら!」

「…………」

「あっ、さてはお前、わざと喋れないフリして俺に恥かかせる気だな!?この駄神馬!!」


つーんとするクサントスにアキレウスは口元を引き攣らせる。唯斗はさきほど言った通り、神代の馬が喋っても違和感はないため、別に実際に見せてもらわなくても、と思ってしまう。
それに何より、重大なことがある。


「あー…アキレウス、盾にしてもクサントスにしても、たとえもらってもお前のエーテルに紐づくものだから、アキレウスから離れたら時間が経てば消えるよな?」

「あ、確かにそうだな」


そう、魔力で構成される以上、盾も馬もアキレウスから離れれば消えてしまう。
だからこそ、サンソンやディルムッドは花を、アーラシュは宝石をくれた。エミヤも、去年の料理器具一式はそもそも彼の投影魔術が具象化するものであり実体を伴うものだからできたことだ。


「…さっきも言った通り、普段からみんなには助けられてばかりだから、ほんの気持ちだけだけど、こうして配ってるんだ。これでお返しまでもらっちゃったら、結局俺がもらってばっかだろ」

「そうか?俺は良いマスターに出会えた喜びっつーのを、もっとお前さんに返してやりたいけどな」


やんわりとお返しはいらない、と言おうとした唯斗だったが、アキレウスは食い下がるでもなく、ただそう言った。あっけらかんとした言葉だが、驚いて見上げた唯斗の目とかち合った金色の瞳は優しいものだった。


「俺のことをよく理解した采配はもちろんだが、主従に拘るディルムッドにはきちんと主として、逆にそういうのが苦手な俺には対等に、しっかり付き合い方も変えてくれてる。あんたになら背中を任せて戦える。そういうマスターだ。何回か伝えたけどな」

「っ、何回聞いても慣れないな、あなたほどの英霊にそう言ってもらえるのは。意識してやってることじゃないし、必死にやってるだけってのもあるし、アキレウスを頼るのはピンチのときのが多いし」


どう反応すればいいのだろう、と思いながら言うが、さすがに謙遜しすぎているようにも聞こえてしまうかもしれない、とだんだん口調も弱くなっていく。視線も下がってしまったが、アキレウスは苦笑して唯斗の頭をがさつに撫でた。


「うわ、」

「自分の個人的な部分になると、途端に自信なくしちまうな、マスターは。そういうところも可愛いが、そうさせたあんたの過去の人間たちにも腹が立つ。お前さんの価値を否定し続けて、お前さんが自分で自分の価値を認められなくしやがったやつらのことがな」

「…アキレウスにここまで言ってもらえるんだ、たとえ全人類に存在を否定されても、あなた一人に認めてもらえるなら自信が持てる。それくらい、アキレウスはすごい人だよ。だから、本当に、その言葉だけで嬉しいんだ」


撫でられながら、唯斗はその腕越しにアキレウスを見上げてそう答えた。確かに、いまだ唯斗は自分に自信が持てないが、それでも、アキレウスや名だたる唯斗のサーヴァントたちに認めてもらえるなら、過去のことも、これからのことも含めて、たとえどれだけ否定されても大丈夫だと思えた。


「…お前の言葉だから、英霊たる俺でも、ぐっと来るんだろうな」

「……?」

「この程度いくらでも言ってやるさ、我が最愛のマスター!」


アキレウスが続けた言葉に首をかしげると、それを特に説明することはなく、アキレウスは唯斗をおもむろに抱き締めた。
逞しい体と太い腕に抱き込まれ、15センチにおよぶ身長差もあって完全に包まれる感覚だ。いや、もはやプレスされている気分である。


「ちょ、なに、」

「騎士王が嫌になったらいつでも来いよ〜。つか、俺は文明的に浮気とかまったく気にならねぇから、いつでもマスターをぐずぐずにして丸め込んで寝取る気でいるって騎士王に伝えとけ」

「いやなんてことを伝言させようとしてんだ」


唯斗を抱き締めながら言った言葉がこれである。言葉のわりにサバサバとした空気感でいる男だが、しかし唯斗を抱き締める腕の強さや、こちらを見降ろす黄金の瞳は、冗談や生半可な感情ではないことを雄弁に語っていた。


「……まぁ、でも、言葉はともかく、そう思ってもらえるのは純粋に嬉しい」

「ふは、マジで抱くぞ、あんま可愛いこと言ってると」


素直に言った唯斗に対して、アキレウスはさらにとんでもないことを頭上でからりと述べた。ぎょっとする唯斗だが、その腕は強固で離れない。いや、唯斗自身、こうしてくれるアキレウスから離れがたく感じていたのかもしれなかった。

そう思っていると、ずっと黙っていたクサントスが唐突に口を開いた。


「いったい何を見せられてるんですかねぇ…」

「うわ喋った」

「おいやっぱ黙ってやがったなてめぇ!」


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