砂糖は不要−13
円卓の騎士たちと別れて再びカルデアの廊下を歩きだした唯斗は、次のサーヴァントは先に出会った方にしようと決めていた。
探しているのはマーリンとギルガメッシュで、見つからなければ部屋に行くつもりだ。その道中でオジマンディアスのいるシミュレータールームが近くなったら先にそちらへ行くことも考えている。
マーリンは神出鬼没で、ふらっと現れるわりにいつもどこにいるのか分からない。探そうと思ったことは初めてだったが、骨が折れるかもしれないと、階段を下りながら考える。
しかし予想に反して、廊下ですぐに出くわした。上階と同じく窓があるこの廊下にて、大きな全面窓の前に腰かけていたのである。
マーリンは唯斗を見ると片眉を上げる。
「おや、マスター君じゃないか。どうしたんだい?こんなところで。バレンタインのチョコ目当てにうろつく君ではないだろう?」
どうやらバレンタインの催しは知っているようで、まさかチョコが欲しくて徘徊しているわけではないだろう、と不思議がっている。逆ではあるが、似たようなものでもあった。
唯斗はつかつかとマーリンのところまで行くと、その左隣に腰を下ろした。背後の窓の外は相変わらず暴風雪である。
マーリンはこうして隣にやってくるとは思わなかったようで、不思議そうにしていた。
「どうかしたのかい?」
「いや、その…、これ、渡そうと思って」
マーリンとは出会ってあまり時間が経っていないこともあって、少しこういうことをするには気軽さがなかったが、唯斗は思い切って持っていたものを手渡した。
「…私に?くれるのかい?本当に?」
マーリンは一瞬ぽかんとしたあと、本当に少し驚いたようにした。マーリンも、まさか唯斗からもらえると思っていなかったらしい。ガウェインもそうだが、こんなことは慣れているだろうに、なぜそんな驚くのか。
唯斗から包みを受け取ったマーリンは、袋の中を見て首をかしげる。
「チョコレート、ではないんだね?いや、なんにせよ、栄養にすらなりはしないのだけど」
「うん、マーリンが人間の食べ物食っても味しないってのも、養分の摂取もできないってのも知ってる。だから、どうしようか迷ってたんだ」
実は、マーリンに渡したものだけチョコレートではない。これはグミ、タマモキャットと試行錯誤して作り上げたものだ。
「味しないのに食感だけあるって、あんま気分よくねぇかもって。だから、マーリンだけ別」
「そうなのかい?私の分だけ特別に用意してくれたのか…それにしてもなぜグミなんだい?」
「……ちょっと食ってみろよ」
一つ進めると、マーリンは不思議そうにしながらも袋を開けて、グミを一つ口に入れる。
そしてそれを咀嚼した瞬間、目を見開いた。
「ッ!な、これ、えっ!?」
「ふは、良いリアクションだな」
思わず小さく笑ってしまう。動揺しているマーリンは目を白黒させたあと、少しだけ呆れたように笑った。
「びっくりした、まるで爆発でも起きたのかと思ったよ。劇薬とかではないんだよね?」
「そんなもん渡さないって。既製品でもあるんだよ、爆竹グミってやつ。ドイツとかでな。日本にも輸入されてるから、なんか学校で騒いでるやつらいたなって思い出して。今回、外部から取り寄せて、それをタマモキャットと再現するのに悪戦苦闘して、ついでにマーリン相手だから炭酸マシマシにしようってなったんだ」
「なるほど、炭酸なのかこれは。ふふ、なるほど。味を感じない私のために、食感で楽しませようとしてくれたんだね」
味を感じないマーリンには、食感だけで良いものにしようと思った。それで用意したのが、この爆竹グミのカルデア版である。マーリン相手だったため、炭酸が多めになっている。
マーリンは唯斗の意図を理解して笑ってから、その微笑みを優しいものに切り替えた。
「…うん、そうか。緊張や不安の中に期待が混じっていたのはそういうことか。自分の配慮が裏目に出ないか、少し不安だったんだね?それでも、味がしない不愉快さを感じさせてしまうよりは、という君の優しさと、そうまでして僕にバレンタインの用意をしようとしてくれた誠実さ、うん、実に美味しい。現代フランス料理とは、きっとこういう複雑な味の重なりなんだろう」
「また感情ソムリエしてる…」
歌うように唯斗の感情の機微を正確に言い当てるマーリンに少し引いていると、マーリンはくすくすと笑って、「良いね、感情ソムリエ」と言った。
そして、そっと唯斗を抱き寄せる。
「…え、」
マーリンの白いローブの中に包まれるように抱き込まれ、花の香のする肩口に顔が触れる。剣を扱う逞しい腕は力強いが、背中に回った手は優しかった。
体のバランスをとるために咄嗟にマーリンの膝の間に置いた左手は、マーリンに持ち上げられて、手の甲の魔術刻印に唇が触れる。手の甲への口づけだ。
「なっ、」
「マイロード、ちょっとズルをしてここまで来た甲斐があった。この刻印と魔術回路を強化したあのウルクでの出来事は、僕自身のためでもあったらしい」
マーリンと距離が近づいたのは、魔術回路の増強のためにジッグラトの一室でマーリンに魔術を施されたときだ。
人間ではない夢魔であるマーリンが、ただの人間である唯斗にここまで言ってくれるとは予想外だったが、執着、というようなものでもなさそうだった。
それにしても、と唯斗はだんだん気恥ずかしくなってくる。
「…おや?どうしたんだいマスター。なんだかとても、ふわっとして粘性があり、しつこいようでもっと味わっていたいような、そんな手触りの感情だ。ふむ、甘い、というものなんだろう」
「……マジでソムリエすんな、恥ずかしくなるから」
「そうかい?しかし、この手の接触は君には慣れたものだろう」
唐突なことだったためか、マーリンはなぜいきなり唯斗がそういう気持ちになっているか分からないようだ。こればかりはそうだろうと思う。
「…なんか、ここまで色んなサーヴァントにバレンタインのチョコ配ってきたけど、漏れなく全員に抱きしめられてんなって…」
「なるほど。甘さの中に、隠しきれない嬉しいという感情と、恥ずかしさがスパイスになっているんだね」
「追撃やめろ……」
「君は可愛いなぁ」
サンソンに始まり、ディルムッド、エミヤ、アーラシュ、アキレウス、ガウェインと全員に抱き締められたり抱き込まれたりしてきた。それを自覚して恥ずかしくなっていると、マーリンは笑いながら追い打ちをかけてくる。
「この調子じゃ、砂糖はいらなかったんじゃないかい?」
「…アーサー一人で糖分過多かも」
「はは、それはそうだろう」
それを言うなら桁違いに甘い男がいるだろう、と言えば、マーリンは似たような声でおかしそうに笑った。