砂糖は不要−17


チョコを配るために練り歩く行脚もこれで最後となる。
ギルガメッシュの後ろをついて行きつつ、アウラードたちを落とさないように抱き締める。三匹まとめて抱き上げているのは大変で、途中で唯斗は自室にアウラードたちをいったん置いてから、ギルガメッシュとシミュレータールームに向かった。

唯斗としてはわざわざシミュレータールームに行くのはなぜか分からなかったのだが、ギルガメッシュは問答無用で唯斗を連れて行く。
そうしてやってきたシミュレータールームで、ギルガメッシュは慣れた手つきでシステムを起動する。後ろから見ていると、どうやらギルガメッシュが自分で占領しているストレージを起動しているようだった。


「行くぞ」

「…分かった」


もはや諦めている唯斗は、特に質問をすることもなく、本日二度目のシミュレーターに入る。
コフィンで目を閉じて、意識を落として電脳空間に飛ぶ。

ふっと意識が電脳空間で覚醒すると、一気に五感が戻った。気温や匂いまでかなり忠実に再現されている。


「……、これ…」

「驚いたか?」


唯斗の隣に立つギルガメッシュはニヤリとした。
そう、ここはウルクを再現した空間だった。

これまで、訓練のために修復した特異点をシミュレーターで再現してきたが、第七特異点は帰還してすぐに時間神殿へのコンタクトが始まったため、訓練のために再現されることがなかった。
そのため、これはギルガメッシュが自ら構築した空間ということになる。この王なんでもできるな、と思いながら、唯斗は夜空に明るい原初の都市の明かりを輝かせる大都市と、聳え立つジッグラトを眺める。


「…めちゃくちゃ懐かしい気がする」

「さほど昔のことでもなかろう。まぁ、確かに4600年ほど昔ではあるがな」


もちろん、カルデアではつい数週間前のことだ。
ギルガメッシュは唯斗に前方を示す。


「あれに乗るぞ」

「船?」


市内を流れる大きな運河に設けられた船着き場に、一艘の船が止まっていた。木でできた小型のボートだが、座席には上等なクッションや絹のレースが敷き詰められ、香油が炊かれ、アラバスターの食器や黄金の皿、麦酒なども用意されていた。

ギルガメッシュに連れられて階段を下り、川岸に降りると、そこからその小舟に乗り込む。
小舟の前方には重しがあったことから、二人で後部の席に並んで座る。たとえ水に落ちてもシミュレーターで濡れたところで問題はないが、意識だけ濡れるのは実際に濡れるより変な感じがするのだ。

後方の席に座ったギルガメッシュの右隣に腰掛けた唯斗は、尻から背中まで柔らかいクッションに受け止められるのを感じる。
香油の匂いも、エスニックだが品の良いもので、乳香が使われているのだと分かる。

夜空の下、ウルクの市内を流れる運河を船は自動的に動き出す。魔力を感じるため、ギルガメッシュが自身の魔力で自動操縦しているらしい。


「すげ、クルーズか」

「悠久のユーフラテスクルーズだ。どうだ、王である我の格の違い、しかと見るがいい」


ドヤ顔で言ったギルガメッシュだが、実際これはすごい。そして、なんとも贅沢な話だ。
世界最古の英雄たるギルガメッシュ自ら手配したクルーズを体験しているのだから。


「…去年、今年はこれで我慢しろ、とか言ってたの、こういうことか」

「覚えていたか」


ギルガメッシュはこちらをちらりと見遣る。
去年のバレンタイン、ギルガメッシュはそう言って唯斗に大量の高級なチョコをくれたのだが、こういう意味だったようだ。


「…今年のバレンタインまで、特異点修復が続くの分かってたのか」

「この我に知らぬことなどないと心得よ」


泰然と言ったギルガメッシュだったが、その未来視はここまで見据えていたらしい。いや、ギルガメッシュも見えた未来すべてを理解していたわけではなく、未来のその時点になってから初めてどういうことだったか気付いた、ということもあったようだ。
ただ、そのあたりは正直なんでも良かった。それこそ、未来視ができるのはアーラシュやマーリンだってそうだ。マーリンは意図的にそれを避けているようであったが。

小舟は市内中心部に続く水路を進む。


「まだ覚えてるな。この先のパン屋とか、武具屋とか。あの水路を左に折れて進むとジッグラトだよな」

「抜かりはない、完全に再現している」

「…でもあれだな、人がいない方が、むしろ自然かも」


唯斗は街並みを見渡して、明るく人の営みが夜空を照らしているにも関わらず、まったく喧噪がなく、誰もいないことがむしろ自然に思えた。


「ウルクの人々までNPCで再現してたら、逆に嘘っぽいっていうか」

「フン、生意気にもこの我と同じ結論に至るとは。だが許す。本物にしかない価値を再現しようとすればするほど陳腐になるものだ」


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