砂糖は不要−18


この大都市において、最も価値があったのは都市そのものではなく、他ならぬ市民たちだった。民衆なくして王はない。ギルガメッシュはよくそれを理解していて、そしてウルクの人々こそが宝なのだと言っていた。
宝物庫にしまうことのできない最大の宝こそ、人だった。そうやってバビロニアの危機に挑んだのだ。

この街での戦いで、救えた命も救えなかった命もあった。今もそれをよく覚えている。
もしもこの空間に人々まで再現されていれば、急にそれは嘘だと感じられてしまっていただろう。

聳えるジッグラトの威容を街並みの後ろに見ていると、第七特異点でのことがいろいろと思い出されて、つい、唯斗は隣のギルガメッシュに凭れてしまった。
玉座の間でこの王の補佐をしていたとき、わりと気軽に接触があったため、そのときを思い返してのことだった。

不敬だと怒られるかと思ったが、ギルガメッシュは何も言わず、唯斗の肩を抱き寄せる。
クッションの背もたれにゆったりと凭れたギルガメッシュの、その晒された胸板に頭を乗せるような形になり、肌の温もりに触れながら夜空を見上げる。

思えば、第七特異点からすぐに終局特異点となってしまったことで、バビロニアでのことを思い返す余裕などなく、時間神殿から帰還したらすぐに新宿だったこともあり、あの2か月あまりのことを、今ようやく振り返ることができた気がした。けじめというか、あの長いメソポタミアでの日々が終わったのだと、ようやく実感したのだ。


「…すげぇ嬉しい。ちゃんと、けじめつけられた気がして。ギルガメッシュが自分で用意してくれたんだ、ってのも、本当に嬉しい。ありがとう」

「この我じきじきの采配だ、喜びに打ち震えるのも仕方あるまい」


そんな尊大な言い方だが、声音はひどく優しい。
立てた左膝に置いていた腕を上げ、ギルガメッシュは唯斗の頭を乱雑に撫でる。雑なそれすらも、優しい手つきだった。

しばらくそうしてると、小舟はやがてウルク市街地を出て城壁を過ぎ、市街地の外に出る。ユーフラテスの本流だ。
都市の明かりが後方に過ぎたため、夜空に広がる満天の星空が鮮明になってくる。市街地の外まである程度作り込んでいたようだ。
そこまで至ったところで、ギルガメッシュが口を開く。


「貴様は、グランドオーダー終結後もなお戦いが続くことをどう思う。すでにいくつか特異点が発生し始めている。その完全な修復にもまた、1年近い時間がかかる可能性もあるだろう。それでもなお、戦い続けられるのか」

「必要なら。人理を後に繋ぎたいって気持ちは変わらない」


その質問に対して、唯斗は間髪を入れずに答えた。改めて覚悟を入れ直す必要もない。
やらねばならないならやる、ただそれだけだ。

ギルガメッシュはそれを聞いてから、再度質問を重ねた。


「では、グランドオーダーよりもさらに過酷な旅をさらに続けることになってもか?より苦しく、残酷で、凄惨な旅路だとしても」


ギルガメッシュの質問に、唯斗はそっと体を起こして、間近でその紅の瞳を見上げる。
精悍な顔の背後には星空があり、瞳だけが輝いているようだった。


「……どういう意図かは分からないけど。俺や立香にその役目が課されるなら、それが運命なんだろ。たとえ俺じゃなくてもいいことだったとしても、その場にいるのが俺なら、それは俺が果たすべきことだ。意味も意義も、正当性だって、後からついてくるもので、やる前に考えることじゃない。考えなくていいって、知ったから」

「…そうか。貴様がその覚悟を持っているのなら、これから先、特異点探索では課題を設定してやろう」

「課題?」

「あぁ。それをこなしながら任務を遂行しろ。当然、特異点の修復が最上位ミッションだ、付帯するものに過ぎないが、失望させるなよ?」


ギルガメッシュはニヤリとしてそう言った。やはり先ほどの意味深な質問に対して、詳しく語る気はないようだ。
いずれにせよ、ギルガメッシュは、唯斗の戦う意思を認めてくれたのだろう。だからこそ、唯斗が成長できるように課題を設定すると言っているのだ。もしかしたらアーサーのこともあるのかもしれないが、今は分からない。ただ、唯斗のためにギルガメッシュが言っていることは分かっている。それだけで十分だ。


「…ありがとう、いろんな形で俺のこと守ろうとしてくれて」

「有象無象の民を庇護することも王の責務である故な」


言葉こそそんな調子だが、やはり、ギルガメッシュの声には優しさと甘さが乗っている。そしてギルガメッシュの指が唯斗の目元をなぞり、こちらを見降ろす深紅の瞳からは、いつか来る唯斗の未来から唯斗を守ろうとする意志が、ありありと滲んでいた。


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