深海電脳楽土SE.RA.PH−10


立香たちが裏側へ転移できた以上、長居は無用だ。
しかし、少しでもパッションリップから離れれば、ガウェインもアーサーも圧縮に巻き込まれてしまう。懐に入れば防げると言っても、逆に言えば離脱も難しい距離だ。

唯斗は背面に移動してから、パッションリップが動くたびに俊敏に移動して常に視界の外を維持している。
ここからあの二人を離脱させること、それが次の目標だ。


天よ、地よ、真実を見よ(ドゥアル エブル グウェレット グウィル)


そこで、まず唯斗は魔術によって魔力の巨石メンヒルを上空に次々と出現させて、パッションリップに向けて隕石のように落下させた。
当然彼女はそちらに気を取られる。


「アーサー!ガウェイン!」


すぐに呼びかければ、心得たように二人は剣を関節から引き抜いて飛び出し、降り注ぐメンヒルを圧縮していくパッションリップの視界外でこちらまで退却した。


「体勢を立て直す、こっち来い」


唯斗は二人を連れて急いで近くの建物に入った。なぜかギリシア風の建築物が広場のようになったこの空間には点在しており、その中の一つだ。
円柱の影に隠れて、唯斗は二人を休ませつつ次の方策を練る。


「あいつは無秩序だが、攻撃対象となる存在があるときしかクラッシュを行わない。だから、いきなり何もない場所を破壊するようなことはしないはずだ」

「同意するよ。彼女は明確にターゲットがあるときしか攻撃モーションに入らない」


アーサーはすぐに唯斗の見立てに頷いた。
パッションリップは見たところ、敵であればなんであれ攻撃するが、逆に言えば目に映るものすべてをクラッシュさせていくわけでもない。


「たとえば、今アーサーとガウェインがこの建物に逃げ込んだところを目視していれば、この建物を圧縮するだろうけど、そうでなければスルーするはず」

「なるほど、むやみやたらな攻撃ではない、ということですね」


ガウェインは少しだけ息を切らしながら頷いた。さすがにあの膂力を前に、二人とも僅かに疲れているようだ。


「対策としては、あいつの至近距離、目の前に遮蔽物を出現させてから移動するって方法が考えられる」

「そうか、視野すべてを埋めてしまえば、圧縮できるのは目の前の遮蔽物だけになる」


唯斗の言ったことをアーサーはすぐに理解し、ガウェインもその言葉で唯斗の意図を解した。
視界に入るものすべてを圧縮するなら、視界を塞げばいい。

すでに拘束具がついているが、彼女はあれでも少しは外界を識別している。気配探査などもあるだろうが、基本的には視力に依存するだろう。


「俺たちの当座の目標は、パッションリップの視界を避けながら退路を確保すること。見た感じ、俺たちを警戒してまだ動いてない」

「そのようだね。我々を始末するべく、あそこに留まって我慢比べをしているんだろう」

「礼拝堂方面への退路はちょうどパッションリップを挟んでここから反対側。隠れられるポイントは広場を囲む建物が2か所あるだけだ。一度に移動しきることはできないだろうから、視界を塞いで隠れるポイントまで瞬時に移動、ってのを繰り返す」

「遮蔽物は確保できるのですか?」


ガウェインの質問はまさに今回の懸念だ。唯斗はちらりと外の状況を円柱の影から見つつ、ため息交じりに答える。


「転移できる遮蔽物は3つ、ちょっと離れたところにある大きな建物の壁だ。窓とか隙間がない大きな壁は3面しかねぇから、ここから1つ目のポイント、1つ目から2つ目の間、2つ目から退避ルートまでの間の合計3回分ちょうどだ。失敗はできない」

「背水の陣ですね。しかしマスターがいなければ本当に我慢比べしか手がありませんでした」

「その通りだ。マスターは私が連れて行く、ガウェイン卿はフォローを頼む」

「御意に」


アーサーとガウェインの間の話もついたところで、アーサーは唯斗を抱き上げる。
ここからはスピード勝負だ。唯斗が遮蔽物を左手の刻印術式によって転移させるのと同時に、この円柱の影から出て少し離れた建物の影に飛び込む。その様子をパッションリップに少しでも見られれば終わりだ。


「準備はいいな?」

「大丈夫だよ」

「よろしくお願いいたします、マスター」


二人とも当然のように準備ができている。唯斗は気持ちを落ち着かせようと息をついてから、左手の甲に魔力を籠めた。


「…ヴィアン」


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