深海電脳楽土SE.RA.PH−11
その瞬間、パッションリップの目の前に、10メートル四方の壁が突如として出現した。これにより、パッションリップとこの建物、そして目的のハイドポイントの建物もすべて視界から遮蔽される。
即座にアーサーとガウェインは円柱の影から飛び出すと、目にもとまらぬ速さで隣の建物の壁に隠れた。猛烈な勢いに、アーサーに姫抱きにされている唯斗は目を閉じて風を避ける。
すぐにパッションリップは出現した壁をかき消した。その壁をちらりと見て、端の方が圧縮されていないことから、大体の視野角を把握する。やはり人間と変わらない視野を持って動いているようだ。
「よし、怪しんで手当たり次第に攻撃を始める前に次の移動行くぞ」
「了解」
アーサーの短い返答を聞いてから、唯斗はまた新たな壁をパッションリップの視界を覆うように転移させた。
同時に、アーサーとガウェインは再び建物の影から飛び出て次の建物へと青白い地面を蹴る。
しかし、パッションリップは壁を消失させず、あえて巨大な爪で壁を破壊してこちらへ突っ込んできた。
向こうから距離を詰めるとは思わず、唯斗は息を飲む。
すかさずガウェインが方向を変換してパッションリップの間合いに入り、ガラティーンで爪を押さえてその体の動きを止めさせようとしたが、その前にガウェインは吹き飛ばされた。
爪に弾かれて空中を舞ったガウェインは身動きが取れない。
「アーサー!!」
唯斗はすぐにアーサーに指示を出す。心得たようにアーサーは唯斗の体を地面に置いてから、残像でも見えそうな速さでパッションリップの懐に入り、さらにエクスカリバーで爪ごとパッションリップの体を弾き飛ばした。
まるで野球ボールをホームランするかのように振りかぶり、パッションリップの体は空中に投げ出されて吹き飛ぶ。
その隙に、唯斗は地面に倒れるガウェインのところまで駆け寄って抱え起こす。
「マ、スター…、いけません、先に…」
「この期に及んで何を、」
呻くガウェインにそう言うと、アーサーもやってきてガウェインを軽々と肩で支えて立ち上がる。
しかし、パッションリップも、激突した建物の瓦礫の合間から体を起こしていた。これでは間に合わない。
咄嗟に、唯斗はガウェインのマントを掴んだ。
「ヴァズィ!」
瞬時にそのマントは消失すると、パッションリップの頭から覆うように現れて視界を塞いだ。あの爪では、マントを外すことはできないだろう。
圧縮してかき消す前に、なんとかアーサーとガウェイン、唯斗は次のポイントとなる建物に退避できた。
「マスター、危険すぎます、これ以上は…」
ガウェインは軽い脳震盪からも回復したのか、しっかりした声で唯斗を諫めた。これ以上、ガウェインを助けるための行動をとるな、ということだろう。確かに状況は差し迫っている。
しかし、もっとどうにもならないときだって経験してきた。最たる例は、第六特異点でのガウェインとの戦いにほかならない。
「話はあとだ、とにかく今は全力で逃げ切ることだけ考えろ」
「しかし、」
すると、背後で最初に唯斗たちがいた列柱の建物が圧縮されて消失した。
無軌道にクラッシュ攻撃を開始したのだ。
「っ、まずい、行くぞ」
唯斗はすぐに最後の壁をパッションリップの正面に転移させた。ほとんどラグもなく、アーサーは走り出しており、退避できる通路へと走る。
だがガウェインはついて来ていなかった。まさか、と思ったときには、ガウェインがパッションリップに再びタックルをかまして足止めしているのが見えていた。
壁は再びキューブとなってかき消されており、アーサーが唯斗を抱えたまま退避できる通路に飛び込んだのと、パッションリップの視界が回復したのとはほぼ同時だった。
ギリギリだったが、ガウェインがいなければ確かに危なかったかもしれない。
それでも、ガウェインが一人残っていることには変わりなかった。
「あいつ…!」
「仕方ない、今は撤退が先だ」
アーサーも言いたいことはありそうだったが、とにかく今はあの範囲攻撃から距離を取ることが先決だと唯斗も理解している。
そうして通路をある程度進んだところで、唐突に、ガウェインのパスが遠くなった。
切れそうになったというよりは、単純に一瞬にして距離が空いたのだ。
「…なんだ?ガウェインの距離が離れた気が…」
「空間転移だろう。センチネルは自由に移動ができるとBBは言っていた」
「あぁ…移動に巻き込まれたのか。この方向と距離、管制室にガウェインも到達してるかもしれない」
たった一人でパッションリップと対峙している状態がまだまだ続くということだ。
何もできない距離に忸怩たる思いに駆られる。そんな唯斗を、アーサーは地面に下ろして頭を撫でた。
「文句は安全な場所に着いてからだ」
「…分かってる」
ただ、これもガウェインなりに唯斗を守ろうとしてくれているが故だと分かっている。まったく不必要なことでもなかったし、ガウェインにもそれなりに勝算はあったはず。
ただ、どう言い聞かせてやろうか、とは思っていた。