始まりの惨劇−10
後ろから迫るコヤンスカヤたちとほぼ同じペースで走り、ようやく格納庫に辿り着いた。
すでに格納庫の入り口まで氷結は至っているが、ムニエルが迎えるコンテナの入り口にかかるタラップを駆け上がる。
そして、立香、マシュ、唯斗と続き、アーサーも入ってダ・ヴィンチがタラップを離そうとした、そのときだった。
「あと一歩敵は追いつけない!さあ早く乗って!」
「そうだな、あと一歩、足りなかった」
そんな低い声と同時に、鮮血が飛び散った。呆然とする立香の声が落ちたような気がした。
「失礼、隙だらけだったので、つい手癖で心臓を貫いてしまった。いかにサーヴァントとはいえ、霊基の核と潰されれば消滅は免れまい」
そこには、ダ・ヴィンチの心臓を素手で貫く、言峰神父の姿があった。真っ赤に染まった手がダ・ヴィンチの胸元から飛び出ている。まったく気配もなく、ダ・ヴィンチに後ろから攻撃を仕掛けたのだ。
「さらばだ、レオナルド・ダ・ヴィンチ。これでカルデアの頭脳は完全に潰えた」
「っ、ダ・ヴィンチちゃん!!!」
立香の悲痛な叫び声が響くのと同時に、アーサーは聖剣を構えてコンテナから出ようとする。しかし、ダ・ヴィンチはそれを止めた。
「だめだ!!」
さらにダ・ヴィンチは、思い切り踏ん張って神父を押しとどめる。
「ほう、大した胆力だ。腕を抜かず、逆に背中で私を押しとどめるとは」
ダ・ヴィンチは最後の力を振り絞り、神父の腕を引き抜けないように力み、同時に神父がこれ以上コンテナに近づけないように体を踏ん張った。それを見て、アーサーも動きを止める。後ろから駆け寄ろうとする立香に、ダ・ヴィンチは血を口の端から流しながら微笑んだ。
「それを持って、早く!その霊基グラフをやつらに渡してはいけない!」
「っ、いいえ、いいえ!そんなこと、できるはずがありません…!」
立香とともにマシュも涙ぐみながらコンテナを出ようとする。だが、ダ・ヴィンチは強く言い放った。
「いいや、君たちならできるとも!だって、私はそういう人間だから手を貸したんだ!別れはいつだって唐突なものだ。というか、今度こそ次はないな、これは。聖地のときのようには、いかないようだ」
第六特異点でも、ダ・ヴィンチは自らを犠牲にランスロットに突っ込んだ。あれはランスロットによって奇跡的に生還させられたが、今回はそんなことは期待できない。
アーサーが出口にいるため、立香もマシュも外に出ることはできないが、それでも身を乗り出そうとしていた。唯斗は止めることもできず、ただ、ダ・ヴィンチがいつになく優しげな表情を浮かべるのを見つめるしかできない。
「その霊基グラフを大切にね。なにも便利だからってわけじゃないぜ。その霊基グラフは、君たちの旅の
証明だ。私や、もういない人物の誇りでもある。それを消してしまうのは、どうしても嫌だったんだ」
ダ・ヴィンチ、そして前の所長代行、二人が立香と唯斗に託してくれたものだ。
言峰神父は手を引き抜こうとするが、なおもダ・ヴィンチはそれを押しとどめる。
「おっと、そうはいかない。天才を殺したんだ、少しは後悔してもらわないとね。さあ、急ぎたまえ、立香、唯斗。君たちが知っていたカルデアは、ここで終わりだ。けれど、生きていれば新しいカルデアがあるはずだ。だから、生きなさい」
「ッ…!立香、」
唯斗は立香に声をかける。立香は口元を震わせながら頷いた。
「…今までありがとう、ダ・ヴィンチちゃん、万能の人。行こう、マシュ!」
「でも、でも…うう、ううう……!!」
立香はマシュを連れて中に戻り、唯斗もアーサーとともに扉を閉める。間際、唯斗は最後くらい、とダ・ヴィンチに呼びかけた。
「会えて光栄だった、ダ・ヴィンチちゃん!」
今まで一度も、そう呼んだことはなかった。ダ・ヴィンチは一瞬だけ驚いたようにしてから、ふっと柔らかく微笑んだ。
それと同時に扉は閉まり、コンテナは闇に包まれた。