人智統合真国シン−16


英霊一人分を丸ごと吸収した真祖と戦うことになるかと思われたが、なぜか始皇帝が天からそれを諫めて、虞美人はそれに応じて撤退して行った。
真人と真祖、どうやらクリプターと異聞帯の王という関係性ではなさそうだ。

とりあえず、収容所の車両を奪って一同は逃走し、同じく陝西省安康市内に位置する石泉県あたりで車を止めた。
すでに太陽も上って朝の静謐な空気が満ちている。

コヤンスカヤを車から出して、全員で囲み、そしてブドウ糖液の注射ですっかり元気になったゴルドルフが迫る。


「さあ解毒薬を出したまえ!」

「約束ですからね、はいどうぞ」


コヤンスカヤはあっさりと応じると、胸の谷間からファンシーな小瓶を取り出した。受け取ったダ・ヴィンチは、その量の少なさに眉をひそめた。


「…これだけ?」

「あのですね…本気で殺すための毒に解毒薬なんて用意すると思います?これは何かの手違いで自分が飲む羽目になったときの安全策として用意してあるだけのもの。これで私の義務は履行しました、あとはカルデアの皆さんでどうぞ。どちらが飲むのです?偉大なるゴルドルフ閣下?それともたった二人のマスターの片割れ?言っておきますが藤丸君の体もまずいですわよ?症状がないだけで、毒そのものはすでに回ってします。同じく余命数日の身ですからね」


コヤンスカヤから提供された解毒薬は一人分。ゴルドルフも立香もすでに余命は数日しか残されていない状況だという。


「ぬぅ……!」


ゴルドルフはコヤンスカヤが嘘を言っていないことを理解して唸る。恐らくゴルドルフも、マスターとして立香の方が作戦上重要であることを理解している。彼は今の唯斗しか知らないとはいえ、それでも昔よりマシというだけだ、やはり立香の人と接する能力はこの先も必要不可欠である。


「…、立香、ゴルドルフ所長、」


唯斗は、コヤンスカヤに扶桑樹のことを聞いたため、残る一人分の解毒薬を抽出するために咸陽で扶桑樹も目的に加えることを提案しようとしたが、それよりも先に、ゴルドルフが唯斗の言葉を遮った。


「藤丸!!じゃんけんだ!!」

「えっ!?」


なんと、ゴルドルフはじゃんけんを提案したのである。これまでの言動を考えれば、ゴルドルフは我先にと解毒薬を服用しそうなものだ。


「解毒薬は一人分、前に進めるのは一人だけ!ならばこれは命と命の激突だ!であれば、天命を賭けた公平なジャッジ…じゃんけんしかあるまい!!」

「ええ……」


マシュも「そんな方法で」と慌てるが、ホームズに諫められる。彼らが納得する方が大切だ、と穏やかに言っている。大方、ホームズも扶桑樹に当たりをつけているのだろう。
それならば、唯斗も無粋なことをせずに、とりあえず見守ることにした。


「さあどうだ若造!後出しも先出しもなしの、真剣勝負だ!」

「…分かりました」

「潔いではないか!では行くぞ!」


ゴルドルフ、立香の両名が構える。漢中に一陣の風が吹いた。


「最初はグー!!!」


そしてゴルドルフがそう号令を発した瞬間、ゴルドルフはチョキを、立香はグーを出した。


「な、なにぃ!?」


なぜかゴルドルフはチョキを出して負け、なぜか愕然としたようにする。見ていたムニエルたちは呆れたようにしていた。


「最初にグーと宣言されれば、当然パーを出すくらいの戦略は講じてくるものと思っていた…裏の裏を掻いたということか…くっ、負けた。これではおとなしく貴様に譲るしか私の面目を保つ術はないな…」


このオジサン、やはりめちゃくちゃ良い人なのではないか。
そんな生ぬるい空気が流れると同時に、荊軻とダ・ヴィンチが動き、立香も「やっちゃって」とGoを出した。
すぐに荊軻がゴルドルフを羽交い締めにして、ダ・ヴィンチが無理矢理解毒薬を飲ませた。ゴルドルフは噎せながらも、焦って荊軻たちを凝視する。


「ゲホッ、ほ、本当に飲みこんでしまったぞ!?いいのか、この一本しかないというのに!」

「…だって、そもそも所長がケーキを半分食べてくれたから助かったんですよ」


立香はそう優しく笑った。ホームズも微笑んで頷く。


「結果論だが、ゴルドルフ所長のおかげでミスター藤丸は助かった。そして、それをあなたは一度も口にしなかった。フェアではないと思ったのでしょう」

「う、む…そんなことは……ないのだが……」

「だから、これでおあいこです」

「…格好をつけおって、若造が」


ゴルドルフはそう悪態をつきつつも、切り替えていつもの高飛車な態度に戻る。


「いいだろう。これはあくまで優先順位の問題だ、司令官こそチームの要だからね。これで私は完全に復活した。であれば、今後の作戦はすべてうまく行くと思いたまえ!」


その一連のやりとりを見ていたコヤンスカヤは、殺気を隠さず、心底不愉快そうにしていた。そして実際、それを口にする。


「…くだらない。心底虫唾が走る。頭から食べてやろうかしら」

「へぇ、そのわりに、俺が扶桑樹のことを知ってるのに、いつまでもシラを切るわけだ」

「あなた綺麗な顔して言いますね?」


そんなコヤンスカヤに唯斗が言うと、コヤンスカヤは殺気をしまってため息をついた。それを聞いてダ・ヴィンチも顔を明るくする。


「そうか!扶桑樹!」

「ええ、雨宮君の言うとおり、シラを切っても見苦しいだけですわね。あの毒は扶桑樹の葉に陰陽それぞれの気を当てて生成するものです。ですが、扶桑樹を目当てにするということは咸陽に殴り込むのと同義ですわよ?」

「遅かれ早かれ、空想樹のこと含めて咸陽には用があった。次の目的地は咸陽でいいですね、新所長」

「うむ」


回復したゴルドルフは、恐らく今この瞬間、真の意味でカルデアのトップになった。そうスタッフたちが受け入れた。そのアシストをしてしまったこともコヤンスカヤを苛立たせたことだろう。

とにもかくにも、これであとは咸陽に乗り込んで、シャドウ・ボーダーの奪還と空想樹の発見、扶桑樹による解毒薬の確保が次の目的となった。


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