人智統合真国シン−20


このまま押せばなんとかなる、あとはそれぞれに決め手を設けることができれば、と思っていた、そのときだった。


「…ならば!!」


追い詰められた李書文は、右腕を気にもとめず、突然姿を消した。いや、姿を消したように見えるほどの速さで、唯斗の目の前に現れた。生身の人間でこの身のこなしなど、想定できるわけがない。


「ッ、!」


咄嗟に結界を張ろうとしたが、恐らく間に合わない。
しかしその寸前で、唯斗の眼前に大きな背中が現れた。一瞬ちらついた赤い燃えるような髪は、すぐに鮮血の赤に変わる。


「…っ、俺の殿様に一度ならず二度までも暗殺しかけてんじゃねェぞジジイ!!」

「…ほう、でかい図体の使い方を心得ている」

「同じこと言ってんじゃねぇ!!」


なんと、李書文の左手での突きを、長可が受け止めたのだ。
かつて初めて長可と出会った、戦国時代の特異点を思い出す。あのときも、同じように李書文の攻撃を長可が身を挺して守ってくれた。

李書文は長可の言葉にポカンとしているが、唯斗にはその意味は分かっていた。

その隙に、エミヤが李書文を、アーサーが韓信を、それぞれ切りつけて1階の地面にたたき落とした。


「長可…ッ!!」


唯斗は地面に膝を着いた長可に駆け寄る。甲冑が割れて、肋骨も砕けて腹から血が流れている。この痛みを長引かせるわけにはいかない、すぐカルデアに退去してもらおうとしたが、その前に、長可は唯斗の頭に手を置いた。


「たとえあんたが、己の正義を迷っても、俺ァ、あんたのために戦うことが正義だ。胸張って、始皇帝でもなんでもぶっ潰してこい、殿様」


ニヤリとそう言って、長可は消失した。すぐに消えた方がいいような深い傷だったのに、そう一言残してくれた。それだけ唯斗のことを考えてくれているのだ。
消えたあとを掴むように拳を握りしめてから、1階に倒れた二人を見遣る。あれはもう戦えないだろう。


「…エミヤ、サンソン、ありがとう。戦闘終了だ」

「最後まで気を抜かないように」

「お気をつけて」


エミヤとサンソンも去ってから、唯斗とアーサーだけになる。
すでに血痕が消えた床を最後にもう一度だけ見てから、唯斗は別のサーヴァントを呼び出した。


「アキレウス、来てくれ」

「おう!って敵いねぇじゃねぇか」

「悪い、まずは移動からだ。そのあと最終決戦になると…」


現れたアキレウスにそう説明したところで、突然、地面が揺れ始めた。地震のような揺れ方で、施設のあちこちが悲鳴を上げるように軋む。
そして、肌にじわじわと焦がすような莫大な魔力の反応もあった。


『唯斗君!すぐに移動して!空想樹が現れて阿房宮が落ちてくる!』

「っ、マジか、了解!」


聞いていたアキレウスはすでに戦車を出現させている。唯斗とアーサーは飛び乗って、アーサーが唯斗を支えた。アキレウスは手綱を握ると、1階のシャッター跡に馬を向ける。


「行くぞマスター!」

「頼む!」


アキレウスが戦車を走らせ、シャッターから咸陽の市街地に出た直後、頭上に浮かぶ始皇帝の体であり阿房宮でもあるらしい宮殿が、バラバラになりながら市街地に降り注ごうとしているのが見えた。思ったよりもずっと切迫している。


「喋るなよ!!」


アキレウスは緊急性を改めて認識すると、固い声でそう言った。直後、とてつもないスピードで戦車は空中を走り始める。アーサーも歯を食いしばって振り落とされないように唯斗を支えてくれていた。
飛ぶように過ぎていく咸陽の街並みを抜けて、城壁を越えた瞬間、背後で阿房宮が地面に完全に落下し、折り重なるように瓦礫が街を圧壊させた。

そしてそれによって、立ち上る煙の向こうに聳え立つ空想樹が視界に入った。立香たちは扶桑樹のところへ向かったことを考えると、扶桑樹が空想樹と化していたのだろう。過去2つより巨大なのは、すでにしっかりと根を張っているからか。
周囲を見渡していたアーサーは、瓦礫の中心を指差した。


「マスター!宮殿の廃墟の中央にボーダーが見える!」

「あそこか!アキレウス!」

「あいよ!」


アキレウスは再び咸陽へとUターンした。今回は降り注ぐ瓦礫もない。
まだ煙が舞う中、まさに空気を切り裂いて戦車は阿房宮の中心、半壊した玉座の間らしき場所を目指した。


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