人智統合真国シン−22


「ッ!まさか今のは……朕の膝が、先に地に触れた、と…?」


王の膝が地に触れる、その意味を知る王たちはすぐに攻撃をやめた。一瞬で沈黙が廃墟に戻り、ホームズが口を開く。


「そうです。聖玖を捨て人の体で我々に向き合ってくださった、その肩に背負った責の重さ、敬服に値します。ですが結果は出ました。あなたの本質は守護にあった。戦いには向いていない…人間は先駆する者なのです。それがどれほど愚かで醜い本質だとしても」


始皇帝は立ち上がるが、もう敵意はない。ホームズの言葉を聞いて、ふっと小さく笑った。


「…あぁ。藤丸よ、そなたの世界の民は、否、人民は、皆、これほどまでに強いものなのか?」

「……分かりません。でも、俺じゃなくても、英霊たちは力を貸してくれたと思います」

「…なるほど。たとえそなたが倒れても、次のそなたがまた現れると、そう信じて疑わぬわけか。そのしぶとさ、生き汚さを誰もが備えているとするならば…群体としての『人』は、人民は、あらゆる障害を乗り越えて無限の未来に辿り着くやも知れぬ」

「当然よな、千里眼を持つ我ですら見通せぬ未来を、凡庸な人間が容易く示してみせた。神の庇護を離れ、人は人の手で星を開拓してきたのだ。それをお主一人でこなしたこと、我は讃えよう」


英雄王は、珍しくそんな認めることを述べた。これだけの統治を成功させた真人への敬意を、英雄王なりに持っているらしい。
その言葉を残して英雄王が消えたあと、オジマンディアスも不敵な笑みのまま泰然と述べる。


「人の最大の長所は、一人では生きていけぬ弱さにこそある。この神王ファラオですら、王妃ネフェルタリあってのものであり、臣民あっての国と心得る。なるほど確かに、一人で個として成立してみせたお主は真人だろう。しかし、一人では生きて行けぬからこそ、人は未来を拓くに能うのだ」


そうしてオジマンディアスも消失して、始皇帝は先人の王である二人の言葉に笑ってから、カルデアを見渡した。


「…よかろう。編纂事象の将来を汎人類史に委ねるものとする。見事、栄華を極めて見せよ」


この人物がルーラーの性質を持っていたことは納得だ。まさに始皇帝は、己の世界と汎人類史とを天秤にかけ、人理を汎人類史に託したのである。

しかしそこに、ボロボロの体のまま、項羽がその巨体を引きずって現れた。虞美人は慌てて止めようとしているが、項羽は止まらずこちらへやってくる。


「否、認めぬ…それが人間たちの結論であったとしても、私には容れられぬ」

「朕の決定を容れぬと申すか、会稽零式」

「すでに私は陛下の臣にあらず。我が忠義は、我が伴侶、虞美人に捧ぐもの。秦を、この異聞帯を、虞は、我が妻は安息の地と見出した」


唯斗はようやく、虞美人が始皇帝に対して空想樹の存在を隠し、クリプターにそぐわない行動を取っていた理由を理解した。
始皇帝は空想樹の存在や汎人類史のことを知れば、必ず他の異聞帯との競争を始めた。それには項羽も駆り出される。それを恐れ、もう戦って欲しくないと願った虞美人は、カルデアを抹殺して空想樹の存在をひた隠しにしようとしていたのだ。


「長い、あまりにも長い放浪の末に、ようやく見出した安息。その想いに、私は背を背けられぬ」

「いけません項羽様!そのお体では、もう…!」


虞美人は必死に止めようとするが、項羽は聞かない。


「いいや、この体躯はまだ動く。空想樹を切らせはしない。汎人類史での項羽が果たせなかったその悲憤を、私はここに受け継ごう。ここにただ一度だけ、天下のためでなく、一人のために矛を取る」


項羽はもう限界の体だ。あちこちから火花が散っており、その起動音は軋んでいる。それでも、その気迫はかつてないものだった。


「…戦おう、マスター、藤丸君」


それに対して、先に剣をとったのはアーサーだった。動揺するこちらを背に、アーサーは項羽に立ちはだかる。


「武将項羽よ!貴殿の覚悟、しかと受け取った。その想い、我が聖剣にて全力で迎え撃つ!」

「…感謝する騎士王!そして礼を持って貴殿を討つ!!」


最後に一度だけ、国のためではなく愛する人のために戦おうとする項羽に、アーサーは答えたかったようだ。それがなぜなのか、考えるまでもなく理解している。
ならば、唯斗もそれに応じたかった。


「立香、やるぞ」

「…うん!」


当然立香も理解しており、哪吒とマシュ、モードレッドに指示を出す。
直後、項羽は僅かに残っていた橋の瓦礫から空中に飛び出すと、球状の空間の壁面を猛烈な勢いで駆けながらこちらへ向かってきた。


「マシュ!宝具展開!」

「はい!私も、守りたいものがあるのです…!」


そう言ってマシュは宝具を展開する。モザイクがかかったような歪な正門が出現すると、壁面を走っていた項羽はそれに正面から激突する。一瞬で正門の大部分がさらに大きく歪んだ。

そこに、アーサーと哪吒、モードレッドがそれぞれ壁面を走って別の方向から項羽に向かっていく。


「だめ、やめてっ、項羽様!!」


虞美人は叫んだが、その次の瞬間、モードレッド、アーサー、哪吒のそれぞれの攻撃がクロスするように項羽を貫いた。マシュの正門に弾かれた項羽は空中に吹き飛ばされ、さらにマシュとアーサーが追撃で項羽を唯斗たちの近くの瓦礫に叩き付けた。
粉塵が舞い、手で顔を隠して目を細める。虞美人はすぐに瓦礫を駆け寄っていた。

アーサーたちも戻ってきた頃には、煙が晴れ、体がバラバラになった項羽と、その横で涙を流す虞美人の姿があった。


「…あぁ…我が悲願、ついに果たせず…虞よ…汝に安息を与えたかった…静かなる日々を、共に過ごしたかった…だが、我が機能はそれに及ばなかった…」

「項羽様、私は…!」

「…虞よ…汝を、如何せん……」

「う、うぁぁあああッ!項羽様、項羽様ぁ…ッ!!」


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