節目と自覚−3


一通り立香も召喚を終え、新しいサーヴァントたちの居室もあてがわれ、本格的にノウム・カルデアにも賑わいが戻ったところで、7月に入った。
マスター二人は訓練に努め、マシュはオルテナウスの調整と訓練を両立している。管制室ではシオンとダ・ヴィンチ、ホームズがインド異聞帯の事前調査やボーダーのオーバーホール、さらに新しいシステムの導入などかなり多忙にしており、3か月という準備期間も慌ただしく日々が流れていた。

そんなある日、再び唯斗は立香に呼ばれ、立香の部屋にやってきた。
今回は、事前に清姫や静謐が立香の願いで部屋を出ることになったようで、廊下で清姫はすれ違いざま、「どうかよろしくお願いいたしますね」と唯斗に一言託した。
異聞帯の戦いがどういうものであるか、再契約したサーヴァントたちはそれぞれきちんと理解しており、清姫のようなマスター思いのサーヴァントはとりわけ心を痛めている。

部屋に入ると、前回同様、立香は力のない笑顔で迎え入れてくれた。同じようにベッドに並んで座り、立香の右側に腰かけると、立香はため息をつく。
この前ほど思い詰めてはいないようだ。


「…どうした?」

「……あのさ、先月は唯斗の、今月は俺とマシュの誕生日じゃん?」

「あぁ…そういやそうだったな」


暦の上では、唯斗と立香、マシュはこの初夏に誕生日を迎えている。中国異聞帯から帰還してすぐバタバタとしていたため、すっかり頭から抜け落ちていた。


「俺たちの体、1歳しか年取ってないんだって」

「…そっか、そうなるか」


立香の感情の凪いだ言葉に、唯斗は今更その事実に気づく。

2015年7月末、カルデアは爆発事故に巻き込まれ、人理は焼却され、カルデアスの磁場に守られたカルデアだけが時空間のはざまに浮遊していた。
そのため、カルデア施設内の時間は外の世界と隔絶され、体感では1年半を過ごしたものの、それは現実の時の流れを反映したものではなく、ただ焼却前の世界の時計を引き継いだだけだった。
つまり、外の人類が経年していないのと同様、唯斗たちも体の歳は取っていないのだ。

そうして人理焼却が破却され2017年が始まると、その年末までの1年間は、唯斗たちも人類も年を取った。

しかし再び世界は滅亡し、人理は漂白された。
このとき、唯斗たちは虚数潜航によって3か月の経年をしていなかったが、その間に人類は根絶やしにされている。

その状態で2018年に入り、ロシア異聞帯で約1か月、北欧までの地表で2週間、北欧異聞帯で9日間、中国異聞帯で7日間を過ごした期間については正常な時間軸であったため、この間は経年している。
一方、彷徨海は人理修復中のカルデアと同じく時空の間に位置することから、同様に身体的経年をしていない。

よって、唯斗たちは2015年のグランドオーダー開始以降、1年2か月ほどしか体が成長していないのだ。


「立香は、身体的には18歳、精神的には20歳ってことか。俺とマシュは、体が17歳、内面が19歳…うわ、じゃあ立香、本当は酒飲めるのか」

「唯斗は年齢に関わらず飲んでるじゃん」


立香は小さく笑ってから、唯斗の言葉をやんわりと否定する。


「…ううん、確かに20歳なんだろうけど、きっと俺は、普通の20歳までに育まれてるはずのものがない。高校生活、部活、受験、大学生活、バイト…そういうものを経験しながら、だんだん大人、というか子供ではなくなってく訳でしょ?でも、俺が知ってるのは戦い方、怪我の痛みの紛らわし方、眠れない夜の過ごし方、洞窟や地面で寝る方法…そういう生きるために必要なことしか学べてないんだ」

「…、それは……」

「だから、俺は『子供』を卒業できた自信がないんだよ。精神的に経過した時間は成人年齢なんだとしても、大人になるための情緒より、生きるための技術を学ぶしかなかったから」


唯斗やマシュは、そもそも人間として最低限の情緒がない状態から始まったため、ようやくグランドオーダー開始時の立香に並んだかどうかというところだ。スタートラインに立ったばかりということである。
しかし立香は、唯斗たちと同じように、さらに先へ成長していくはずだった。唯斗たちはグランドオーダー中でも成長できる程度のことだったが、立香の成長に必要なものは、生存をかけた戦いのさなかに獲得できるものではなかったのだ。

紛争地域の子供たちにも似た境遇ですらあるだろう。

唯斗とマシュにとって、立香の「在り様」は一種のゴールだった。人間になるというゴールだ。それは同時にスタート地点にようやく立てるということでもあった。
しかし立香にとってのゴールは、カルデアで走っても到達できるところにはないのだ。ずっとスタート地点に置いてけぼりになっているようなものである。

立香がそんなことを感じていたとは、とても想像もつかなかった。マシュが立香を「先輩」と呼ぶように、唯斗にとっても、立香は人間として目指すべきところのような人だったからだ。
しかし、貧困層に金持ちの悩みが理解できないのと同じように、唯斗は立香がこんなことを考えていたとは知る由もなかった。

とはいえ、今は知っている。ほかならぬ立香がそれを教えてくれたのだから。
立香がこれを話したのは、もう唯斗がある程度、人間としてまともになれたことを認めてくれていることの証である。これを話しても、嫌味などにはならず、ありのまま会話できると信じてくれている。
事実、唯斗はこれを聞いて驚くことはあっても、贅沢な悩みなどと思うはずもなかった。

ただ、立香の本当の苦しさを、最大限共感できないことが口惜しい。
どうしても唯斗には、立香の語る成長が、まだ自分に縁のないことのように思えてしまうのだ。


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