始まりの惨劇−12
「な、なんだあれ!?パナマから報告はなかったぞ!?」
ムニエルも驚きの声を上げる。同じようにフロントガラスを覗くホームズに、唯斗は先ほどまでの感情をすべてしまい込んでから話しかけた。
「…ホームズ、あれは隕石じゃないな。落下軌道はどう見ても大気圏の抵抗を受けてないし、あの光は摩擦熱じゃなく自らが発光している類いのもんだ。それに、でかすぎる。方角的には大西洋とインド洋か」
「私も同じ結論だよミスター。近く見えるが、恐らくあれは地球の中緯度帯に向かって落下している。フィクションの類いなら、宇宙からの侵略といったところか」
「そんな宇宙戦争みたいな…」
「な、なんだそれは、真顔でする会話かね!?」
淡々と話す二人にゴルドルフは戦く。一方、アーサーは唯斗の背後まで来ると、そっと肩を後ろから抱いた。
「アーサー?」
「…極めて良くないことが起こる。あの光、恐ろしいエネルギーだ。いや、エネルギーという単位じゃない…いわば、世界そのもの、といったところか」
「世界そのもの…?」
険しい表情のアーサーに、これ以上良くないことなど思いつかない、と内心で思いつつも、ふと通信が入っていることに気づく。
「ホームズ、」
「ああ。カルデアの周波数だが…全員静かに」
ホームズが周波数を合わせて通信をオンにすると、突然、綺麗な男性の声が聞こえてきた。
『通達する。我々は、全人類に通達する。この惑星はこれより、古く新しい世界に生まれ変わる。人類の文明は正しくはなかった。我々の成長は正解ではなかった。よって私は決断した。これまでの人類史…汎人類史に叛逆すると』
この声は、恐らくキリシュタリアのものだ。あまり話したことがなかったが、それでも記憶に残る、生まれながらの覇者の声。
見えていた光はさらに増えて、全球に計7つ、地表へと向かっていくのが見えている。南極だから見えているのだろう。方角としては、東経40度、東経10度、東経110度、東経70度、西経40度、本初子午線、そして西経80度あたりだ。
『今一度、世界に人ならざる神秘を満たす。神々の時代を、この惑星に取り戻す。そのために、遠い空から神は降臨した。七つの種子を以て、新たな指導者を選んだ。最も優れた「異聞の指導者」たちが世界を更新する。その競争に汎人類史の生命は参加できず、また、観戦の席もない』
先ほど、コヤンスカヤも言っていた。異聞帯、その言葉が具体的に何を指すのかは分からないが、今地表に降り注ぐ7つの光がそれに対応するのだろう。
『空想の根は落ちた。創造の樹は地に満ちた。これより、旧人類が行っていた全事業は凍結される。君たちの罪科は、その処遇を以て精算するものとする。汎人類史は2017年をもって終了した。私の名はキリシュタリア・ヴォーダイム。クリプターの代表として、君たちに通達する。この惑星の歴史は、我々が引き継ごう』
その言葉を最後に通信は途絶えた。同時に、前方に一個師団級のオプリチニキの軍勢が出現する。制御室のダ・ヴィンチは他の観測所への移動を提言したが、ホームズは却下する。すでに他の観測所も機能を停止しているらしい。
それにしても、なぜキリシュタリアが、と思っていると、察したのかアーサーが教えてくれた。
「マスター、Aチームの者たちは、コフィンの中にいなかったそうだ」
「は…?解凍作業より前にコフィンを出てたのか?それでこの事態を…?でも、いったいどうやって…いや、それよりあの軍勢だ。今はとにかく突破しないと」
「僕が出るかい?」
アーサーは自身が出ることを提案したが、それもホームズが却下した。
「そんな無茶はしない。これは人類初の魔術航行のために造られた船だ。あると定義しなければこの世界は成立せず、かといって我々には触れることのできない領域。マイナスの世界への潜航だ」
「……まさか、虚数世界に行くのか!?」
唯斗はこのボーダーの名前から、ホームズが言っていることに繋がり、信じられないと思わず大きな声を出してしまった。
虚数世界、よくBBがご都合主義的に使用する空間だが、この世界を実数とするなら、対として存在すると仮定されてきた魔術的な理論領域である。当然、虚数である以上証明はできないはずだ。
ダ・ヴィンチはそれを承認し、アトラス院の技術らしいペーパームーンという装置によって虚数潜航の準備を始めた。
思わず唯斗はアーサーの腕を掴んでしまう。ホームズ曰く成功率は3割以下だが、この先の事態を切り抜けるためには必須なのだという。
虚数世界に沈むということは、ここにいる全員の体が実数状態を喪失するということだ。哲学的だが、要はこの世界から消えることになる。
アーサーは安心させるように唯斗を抱き締める。
「…大丈夫。僕がついている」
「……あぁ」
唯斗は呼吸を整えると、アーサーとともに壁際の格納椅子を出してシートベルトを締める。他のスタッフたちも倣って、立香とマシュも着席する。
ダ・ヴィンチは元気よくアナウンスした。
『さあ、これが新しい旅の始まりだ。シャドウ・ボーダー、
現実退去。虚数潜航…ゼロセイル、敢行する!』
何が起こっているのか、いったい敵はなんなのか、世界にこれから何が起きるのか。
すべて分からないまま、カルデアは滅ぼされ、一同は敗走を余儀なくされた。
新たな旅の始まりは、またしても惨劇が幕開けの合図となったのだった。