創世滅亡輪廻ユガ・クシェートラI−4
本来なら3日間ほどかかる距離で離れていた南東の町に到着したのは、ボーダーを出てから数時間、少しだけ太陽が傾いた頃だった。
サーヴァントに担がれて移動して、ニューデリーからカナウジにあたる場所まで踏破した形だ。
ガンジス川にほど近いこの町に入った一同だが、町の中心に聳える巨大な宮殿のような建物や、広場を囲む5、6階建て前後の建物がボロボロであることにすぐ気づいた。
「なんか…あんま治安よくなさそう?」
「そうですね、壊れている建物が目立ちます」
「建築技術は近代以上、様式が古典なだけで、建物の造り自体はムガル帝国の最盛期、17世紀以上の水準だな」
建築様式自体は古典王朝自体のものだが、その大きさや頑丈な構造を見れば、技術そのものの水準は近代化されている様子だ。タージマハルなどが建設されたシャー・ジャハーンの統治下にあったムガル帝国並みである。
『町の人々は…ロシアのように獣耳が生えているわけでもなく、北欧のように世代が偏っているわけでもない…見た目としては一般的なインドの人々っぽいけど』
「警戒心はあるが、明確な敵意は感じない。見知らぬ訪問者に対してと考えれば相応だろう」
ダ・ヴィンチとカルナの分析通り、広場の人々はこちらを遠巻きに見てはいるが、外見上の異質さは感じられない。服装も近代後期くらいのものだろう。
『見定められているのはこちらも同じ。しばらくこちらからの通信は控えよう』
ホームズは怪しまれないよう、通信でのやりとりを控える。あとは現地調査員によるコミュニケーションに任された。
早速、立香とマシュは、広場を囲む人々の中にいた少女に声をかけた。白い中型犬を伴っている。
「こんにちは、少しお話よろしいでしょうか?」
「わ、びっくり!…したけど、こんにちは!」
三つ編みを2本後ろに垂らし、額に赤いビンディーを描いている。
ビンディーはインドの女性がつける額の模様のことで、眉間の少し上、第6チャクラにあたる場所につける。チャクラはインド思想における身体のエネルギーの中心となる7つの場所のことで、6番目のチャクラは「教義・教令」などの意味を持つ。シヴァの第3の目もこの位置にあるが、ビンディー自体とは関係がない。
ビンディー(bindi)はサンスクリット語の言葉であり、インド=ヨーロッパ語族全体で「点」を意味する言葉の元となる。英語ではpointの由来とされる。
汎人類史では、ビンディーは夫が存命の既婚女性がつける大人の装飾だ。
「すみません、びっくりさせてしまいましたか?」
「あ、違うの。私、いつもぼーっとしちゃってて、逆によくびっくりしちゃうってだけで。だからお話くらいなら全然大丈夫だよ。お姉さんたち、不思議な格好をしてるけど誰?」
「俺たち旅人なんだ。俺は立香、こっちはマシュ。そんで、こっちは唯斗とアーサー」
立香の人畜無害スマイルもあって、少女はすぐに若干の緊張を解いて笑顔になる。もともと活発な子なのだろう、物怖じしない様子だ。
「私はアーシャ!この子の名前はヴィハーン!びっくりするほど可愛いでしょ」
少女はアーシャというらしい。犬はヴィハーンといい、フォウと早速鼻を寄せ合っている。
「希望に夜明けか。良い名だ。おっと、余としたことが名乗り遅れた。余の名はラーマ、こちらはカルナに哪吒。よく物語の大英雄と同じ名前なのが気になるかもしれんが、まぁ気にするな」
「…?」
よく分からなさそうにするアーシャだったが、そこに人々のざわめきが聞こえてきた。広場を見ると、人々が一斉に動き始めている。各自、急いでどこかに向かっているようだが、方向はバラバラだ。
「マシュさんたち、おうちはないの?」
「はい、旅人なので。少なくともこの町にはありません」
「えーっ!それってびっくりするほど大変じゃない!?」
「ええと、大変、というのは?」
「もちろんカリよ!家がなかったらお祈りができないもの!カリが来たら食べられちゃう!」
アーシャは「カリに食べられる」と言った。カリはインド神話における悪鬼の名前であり、不運や戦争を意味する言葉である。
まさかこの異聞帯では、いまだにカリが出るということだろうか。だがカリが人を食べる、というのも違和感がある。