創世滅亡輪廻ユガ・クシェートラI−10
なんとかアシュヴァッターマンを振り切り、ビーチュを脱出したカルデアは、ペペロンチーノとともにボーダーを目指して全速力で走り出した。足に強化をかけているが、背後から忍び寄るような不気味な圧力はいまだに健在だ。むしろ、どんどん高まって追いかけてきているようですらある。
『さて唯斗君、君とアーサー王の言葉通り、エンジンを暖めてそちらに向かっているわけだけど、具体的に何が起ころうとしているのか教えてもらえるかな?世界が滅びるなんて言っていたけれど』
走りながら、通信からダ・ヴィンチが問いかけてきた。状況が落ち着いたのを見て、走りながら最低限の情報共有をしようということだろう。
それに対して、ペペロンチーノが代わりに答えた。
「いやねぇ、言葉通りって唯斗が言っていたでしょう?あの神はこのインド最後の神。ユガの終わりには、この異聞帯の内側全域を一度滅ぼして、再度構築し直している。あの莫大なエネルギーはその溜めよ」
『ふむ、にわかには信じがたいが…あのエネルギーを考えればそれもあり得るか』
ホームズも信じられなさそうにしているが、数字は正直だ。観測されているエネルギーの増加量は、世界を塗り替えるに等しいものとなることを示唆しているだろう。
唯斗は走る速度を緩めないようにしながら口を開く。
「アジャイやアーシャ、そしてアルジュナ本人の言葉をそのままの意味で捉えるなら、多分、次のユガのサイクルには選ばれたものが辿り着く。いや、どっちかというと、いらないものを捨ててるんだな。さっき俺たちは敵として認識された、だからこの世界から消される。あのサーヴァントたちが追いかけてこないのも、それを理解してるからだろ」
「ご明察よ。そして世界そのものを帰滅させる超範囲回帰宝具を回避するにはどうしたらいいか。それもさっき唯斗が言っていた通り」
「そっか、だから唯斗はボーダーで虚数潜航するって言ったのか」
立香もようやく事態の把握を終えた。あまりに突拍子もない話だ。
ペペロンチーノを乗せることに難色を示したゴルドルフも説得し、とりあえずこの全員でボーダーに乗り込むことが最優先目標となる。
だが、突然背後から押し寄せた寒気に、背筋が凍るような感覚がした。まるで、いきなり高いところから突き落とされたような、そんな足場をなくす恐怖感だ。
足がもつれそうになったが、すかさずアーサーが唯斗を抱きかかえる。
「やだー!お姫様抱っこじゃなーい!!」
「んなこと言ってる場合か…!」
ペペロンチーノは調子を変えずそう言ったが、その走る速度は速まっている。サーヴァントたちも無意識にペースを上げており、堪らずマシュも立香を抱えた。
ようやく前方にボーダーが見えた。すでにハッチは開いている。
アーサーはまずマシュに声をかけた。
「マシュ、我々はマスターを連れて一気にボーダーに入ろう」
「はい!」
切迫した事態のため、アーサーもマシュもマスター側には確認を取らず、すぐにその場で勢いよく跳躍した。
地面が急速に遠のき、眼下にボーダーの甲板が迫る。
そして甲板に着地するなり、マシュが立香を抱えたままハッチから中に飛び込み、間髪を入れずアーサーも唯斗の頭を抱え込んでハッチに入った。
船内に着地したアーサーは、そのまま走ってデッキに向かい、座席についてシートベルトを締める。
すぐに相次いでサーヴァントたちも中に入り、ハッチが閉じる。
「ホームズ、虚数潜航の準備は」
「君のおかげで早い段階から準備ができた。が、それでも足りない…恐らく、数秒」
「くそ…、」
懸念は、ボーダーへの到着ではなく虚数潜航だった。そしてやはり、ギリギリで足りないらしい。このままあの宝具に巻き込まれればただでは済まない。
『…まて、待て待て待て。今、霊体化して外に出て行ったのは誰だ!?』
ダ・ヴィンチは慌てて通信を屋外と繋ぐ。すぐに、モニターはボーダーの外で一人佇むカルナを捉えた。カルナは槍を構え、魔力を漲らせていく。
『マスター、お前を消されるわけにはいかない。その数秒、我が日輪が保たせよう』
「…ちょ、駄目っしょ、それは駄目っしょ!」
「そうだよ!カルナ一人を犠牲にするなんて…!」
すかさずガネーシャと立香が止めようとするが、今この場では、それが最適解だと誰もが理解していた。
ホームズはすでに虚数潜航の準備を進めている。右隣に座る立香が立ち上がろうとしたため、唯斗はその肩を押さえた。
「立香!!」
「唯斗…っ、」
「耐えてくれ、俺たちは、生きなきゃいけないんだ…!」
「ッ、」
息を飲んで、立香は力を抜く。カルナもそれを察したのだろう、モニター越しに僅かに振り返って微笑む。
『それでいい』
「待って、駄目、待って…!」
ガネーシャは依然として涙目のまま首を横に振る。そこに、ホームズがカウントダウンを始めた。すでに世界を包む回帰の光が輝き始めていた。
『…アルジュナよ。確かに俺には、お前を穿ちたい衝動がある。だが、今の俺は彼のサーヴァントだ。甘受ではなく。諦観でもなく。ただ誇りのみをもって、俺はお前に
黙殺されよう』
在りようは違えど、あれは確かにアルジュナだった。そのアルジュナに歯牙にもかけられず存在を認められなかったカルナのプライドはどれほど傷つけられたことだろう。
それでもカルナは、立香たちを、人理の希望を守ることを選んだ。
ビーチュの方角から、眩い光の柱が立ち上がる。それは急速に拡幅していき、世界を満たす。
『見よ。これこそが太陽神より与えられし我が鎧と耳輪の輝き。だが知るがいい。俺自身が命の光輝と化したならば、この黄金はもはや俺を守るものではない。それはただ、俺という日輪が在るだけだ』
「虚数潜航開始!!」
『
日輪よ、具足となれ!!!』
ホームズの声と重なるように、カルナの防御宝具が起動する。眩い太陽の光が、ボーダーに押し寄せた青白い光の津波をせき止めた。轟音とともに地面が揺れて、ボーダーは大きく揺さぶられる。
虚数潜航の直前、カルナの声がガネーシャに向かって届けられる。
『あぁ…俺がよく知っているらしい者よ。不思議なことに、確信がある。俺とお前は、きっとまたどこかで出会うだろう。だから…そんな顔をするな。マスターを頼む』
「…ッ!」
その声を最後に、ボーダーは虚数空間へと沈む。あれほど轟いていた爆音は一瞬で遠くなり、そして、あっという間に沈黙が船内に満ちた。