創世滅亡輪廻ユガ・クシェートラI−12


いったんビーチュを離れて、寝泊まりしていた洞窟へ向かいながら、疑問符を浮かべる立香たちへの説明も兼ねて、唯斗はペペロンチーノに問いかけた。


「なぁペペロンチーノ。怪我をして走れなくなった犬は…不要なものだった、ってことか」

「そうでしょうね。私はその子のことを知らないけど、そういうものだと理解できる。これこそが本来のインド思想のユガと異なる点、繰り返すユガの中でアルジュナが行う、不出来で不要なものを削ぎ落とすという行為よ」

「え、待って…つまりそれって、あの世界の終わりのときに、いらないものは、次のユガを迎えられない…世界から消えちゃうってこと?」


愕然とする立香とマシュに、唯斗は頷いた。あまりにも気分の悪い話だ。


「あのアルジュナは、完璧な世界を築くことが目的よ。そのために、かつては正史と同じ長い長いスパンで繰り返していたユガをどんどん短縮していった。不要なものを消していくためにね。そうして完全で完璧な世界を築くために、空想樹の力も得て、今や10日でユガは繰り返されるようになった」

『その不要なものが生命だった場合、いなかったことになるわけだな』


通信でホームズも理解したように相づちを挟む。ペペロンチーノは「そういうこと」と答えた。

つまり、この世界は一度滅んでゼロから作り直されているというよりは、滅んだあとにその時点での世界のデータを書き換えて新しくリスタートするということだ。一時停止の間にデータを書き換えているようなものである。
そう考えれば、世界創造というより、世界改変と言った方が正しい。それならば、ギリギリ全インドの神性統合と空想樹でも実現できるだろう。


「…マスター?どうしたんだい?不機嫌そうだけど」


すると、アーサーはいったん話が一段落したのを見越して、唯斗に声をかけた。やはりアーサーにはバレていたようだ。
立香とマシュも、珍しいことだと思ったのかこちらに注目する。


「どうしたの?」

「どうかされましたか?」

「…や、ちょっとな。あのアルジュナがあまりに許せなくて。腹立つ。こんな世界、美しくもなんともない」

「そうなのかい?」


ぶすっとした声が出てしまったが、アーサーたちへの八つ当たりのようになるのは本意ではないため、唯斗は一度呼吸を整えてから内心を明かす。


「インドの宗教は、つらい現実と向き合うために生み出されたものだ。インダス川を挟んで西側は現実逃避のために、東側は現実を乗り越えるために。どちらが正しいとかじゃないけど、東洋の現実主義的な考え方は、つらく苦しい生活を直視するために生まれたものだ」

「えっと、第六特異点で唯斗に習ったやつだ。ペルシアから始まったゾロアスター教が、善悪二元論と終末思想、天国と地獄っていう概念を生み出して、それがユダヤ・キリスト・イスラームになったんだよね」


現在のパキスタンを流れるインダス川は、ユーラシアにおける文明の境目だった。
インダス川より西は、ゾロアスター教に端を発する死後の世界に魂が運ばれるという考え方。一方、インダス川の東は、仏教に端を発する、死んだら生まれ変わるという考え方だ。

なぜ生まれ変わることを前提に宗教が体系化されたのか、それは、インドの人々が苦しい現実と向き合っていたからだ。


「たとえ苦しくても、次の人生に希望をもって、今世でできることを行ってつらい現実を乗り越えようともがく…そのために神話と宗教があった。なのに、アルジュナがやっていることは、それをすべて冒涜するものだ。だから不愉快だ。命を…生きることの尊さを無視してインドの神を名乗るなんて、許せない」

「…ふふ、唯斗ちゃんも変わったわね。マシュちゃんと同じくらい、感情も表情も変わったわ。でもきっとそれは、あなたの中に最初からあったものが、外に出てきただけなのね」


唯斗の言葉を聞いていたペペロンチーノはそう言うと、唯斗にウィンクをした。相変わらずな様子に、怒りは静まって苦笑する。


「あんたは変わらないな」

「褒め言葉として受け取っておくわ。ふふ、それにしても、やっぱり恋は偉大ね。それで?騎士王との馴れ初めは?」

「な…っ、お前マジでなんでそんな嗅覚すげぇんだよ」

「だって騎士王様のあなたを見る目、サーヴァントがマスターを見る目なんかじゃなかったもの。1秒でも長く愛しい人を視界に入れておきたい男の目だったわ」


まさかのペペロンチーノの言葉に、さすがのアーサーも気まずそうにする。二人して押し黙ってしまうと、ペペロンチーノと立香が噴き出した。マシュも微笑ましそうに見ていて、ラーマとガネーシャは少し呆れていた。

ペペロンチーノはいつだって何枚も上手だった。今更悔しさなどはないが、唯斗はあぁそうだ、と思い至る。


「…こうやって、あんたやオフェリア、カドックとも話せたらって。それに気づくのが遅すぎたって、そう思ってたんだ。だから、まぁ、話せて良かった」

「…そんな嬉しいこと言われると、あたし泣いちゃう。化粧崩れちゃうから後にしてよもう」

「化けの皮剥がれるから?」

「そっちの化生じゃないわよォ〜!!」


あまり感傷に浸るのも、一時的な共闘である以上は良くない。その引き際も互いに理解していたから、ペペロンチーノはすぐ笑いに変えてくれた。

哪吒、カルナとすでに犠牲は出てしまったが、それでもなんとかこの異聞帯を理解することはできた。
相手はあまりに強大だが、なんであれ唯斗は明確に、この異聞帯の王たるアルジュナを許すわけにはいかないと、この薄ら寒い光景に決意した。


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