創世滅亡輪廻ユガ・クシェートラI−13


この異聞帯のことは理解できた。神たるアルジュナの力も思い知った。
だが、そこから先の進み方はまったく見えないままだった。
あのアルジュナの力があまりに強く、世界を変革するその力、その神性が本物であることを否応なしに理解してしまった以上、立ち向かう術はまったく思い浮かばない状況だった。

しかし、ビーチュの町長からの情報で、旧カーンプル方面にある町にもはぐれサーヴァントとおぼしき者がいると聞いて、ディーヴァールという町に移動。
そこで、ラクシュミー・バーイーと合流した。

かつてシパーヒーの乱と呼ばれていた、インドのイギリスに対する最初の大規模な反乱、インド大反乱において活躍した王妃だ。
王妃という立場でありながら自ら銃を手に取り、最も激しい戦いを指揮した。最終的には戦闘で命を落としたが、インドのジャンヌ・ダルクとも呼ばれたその戦いぶりに、イギリスの将軍も現地のルールに従った貴族の弔い方をとったという。
現代インドにおいても、近代史の大英雄として全土で尊敬される人物であり、ナショナリズムを称揚する偶像のような使われ方をすることもある知名度を誇る。

彼女の名前はヴィシュヌの妻ラクシュミー神から取られたもので、それが縁となって神性の力のみが宿っている状態だそうだ。
唯斗としては、すべての神性が統合されたインドにおいてなぜ彼女がサーヴァントとして召喚されたのか、謎に思わないでもなかった。カルデアの術式で呼び出したカルナやラーマと違い、ラクシュミーは世界が呼んだサーヴァントだからだ。

ただ、なんにせよラクシュミーとラクシュミーに指導された人々という戦力を得ることができたのは確かだ。ディーヴァールには自ら運命に立ち向かうべく戦う人々がラクシュミーに呼応して集まっている。

その後、新たな仲間を加えたこともあって、神の空岩を調査しようということになったものの、そこは大量のカリが集まる場所であったため、仕方なく調査を諦めた。
代わりに、ディーヴァールを襲撃した哪吒と戦闘し、これを破ることに成功。哪吒による自爆に等しい戦い方だったが、それはアルジュナから神性を強制的に押しつけられ、しかもそれがクベーラという毘沙門天などのモデルとなった神だったこともあり、哪吒が元から持つ神性と衝突し、それを哪吒自身が看過できなかったためだった。

哪吒は最後に、南の方角を司る神の力を宿すアスクレピオス、そして東の方角を司る力を持つウィリアム・テルも神の将だと教えてくれてから、退去していった。


『というわけでダ・ヴィンチちゃんのギリシア英雄講義の時間だよ』


まずは神の将である2騎を倒し、その神性を解放して世界を覆う謎の圧力を弱めるべく、アスクレピオスの担当する南へと向かうことになった。

インド異聞帯に入ってちょうど一週間、今日からトレーター・ユガの周期となる。

道中、アスクレピオスのことを解説し、少しでも厳しい状況を軽くするためにダ・ヴィンチは講義の時間を称した。


『アスクレピオスはギリシア神話に登場する英雄だ。父はオリンポスの神アポロン、母はコロニスという女性。つまり半身として生を受け、ケイローンのもとに預けられた』


アポロンはギリシア神話において最もメジャーな神の一人であり、あまりに多くの逸話を持つ。
妻、というよりアポロンが懸想した女性・美少年は多く、そのどれも、わりとろくでもない。


「アポロンは結構女に逃げられるからな、ちゃんと子供まで産んだのは、その話の数にしては少ない」

「俺も知ってるくらい有名だよね、女癖。ダフネとかもそうだっけ」

「そうそう。ギリシア語ではダプネー、月桂樹を意味するものであり、アポロンのアトリビュート…美術で特定の神などに対して紐付けられる意匠の一つになってるな」


アポロンが恋するあまり追いかけた女性、ダフネは、テッサリアの川の神の娘であっため、川岸に追い詰められたところで父に祈り、月桂樹に姿を変えてもらった。
嘆いたアポロンは、せめて自分の聖樹となって欲しいと懇願し、ダフネはアポロンに月桂樹の葉を与えることで応じた。

そのほか、予言能力を与えたことで捨てられる未来を予言して逃げ出したカッサンドラはイーリアスで重要な役目を果たすし、イチャイチャしていたところを他の神に嫉妬され殺されたヒュアキントスはヒアシンスの語源となっている。
こうした逸話の多さから、転じてアトリビュート、特定の神を象徴する寓意も数も非常に多い。


「アトリビュート?」

「そう。まぁ、ダ・ヴィンチを前に俺が語るのも変な話だけど…たとえば、それこそアスクレピオスは蛇を象徴する存在で、へびつかい座でもある。そしてそのアスクレピオスが持っていた杖は蛇が絡みつく意匠であり、世界保健機関WHOのマークにもなってる」

「すご!国連のオリーブとかと一緒?」

「あぁ。あとは、裁判や司法はアストライアの天秤だな。薬学においては、アスクレピオスの娘ヒュギエイアが持っていた蛇の杯が該当する」

『さすがだね。唯斗君の言うとおり、アスクレピオスは現代に至るまで医学を象徴する存在として知られる。その功績は、それまで神の領域にあった医学が人々にも知られるようになった、というところだろう。医者と患者の発生というパラダイムシフトそのものだ』


アスクレピオスは、メドゥーサの蘇生の力を持つ右半身の血を使って死者蘇生をも成し遂げた。蛇を象徴する理由の一つでもある。
これによって、冥界の神ハデスに目をつけられ、ハデスの陳情を受けたゼウスの雷霆によって殺されてしまうも、その功績は認められ、へびつかい座に召し上げられ医神となった。

そう、これから戦う相手は、もとは半神とはいえ神の域に達した人物。何より、人類に医学を授けた者なのだ。


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