創世滅亡輪廻ユガ・クシェートラI−14
トレーター・ユガの二日目、ようやく南の町、旧マウダハ近郊にあたる場所に到着した。
道中、この町では疫病が蔓延していると聞いていたが、町はまったくそんな気配がなく、活気づいている。
どういうことかと聞くと、医者が町中の感染者を治して去って行った、とのことだった。
もしかしたらそれは、アスクレピオスが善意でやったことなのでは。そんな淡い期待が砕かれるのは容易かった。
「どういうことだ!これはお前たちの仕業か?どうしてみんな治っている!僕は何もしていないのに!」
「あらあら、その様子じゃ、噂のお医者さんはあなたではないようねぇ」
町のメイン通りらしい、大きな道の両側に路面市が開かれた場所に現れたのは、フードを被った長い髪の男のサーヴァント。ペストマスクのようなものをして、袖は大幅に余っている。
あれがアスクレピオス、ギリシア神話の医神。
「当然だ。そもそも僕はその疫病についてこれから調べようとしていたところだぞ。特効薬なぞ持ち合わせていない。まったく…症例の数は医術の進歩にとって大事な要件だ。それがゼロだと!?ふざけるな!僕から貴重な研究機会を奪いやがって!!」
「うーん、喋る全部が自分都合な感じ。さてはインテリジェンスにパラ極フリなあれっスかね?」
ガネーシャの独特な喩えはよく分からないが、言っている意味は概ね理解する。確かにあれは、一種ナイチンゲールにも似た極端さを感じた。
ラーマはその様子に警戒する。
「疫病が広がっているのを知っていて、それを止めようとしなかったのか?」
「あぁ。止められないと分かったからな。僕は無駄なことはしない。症例を見てからワクチンを作った方が合理的だろう」
「その間、民が死ぬかもしれなくてもか?」
ラーマ同様、民衆への思いが強いラクシュミーも尋ねる。アスクレピオスは特に取り繕うでもなく答えた。
「実に嘆かわしいことだがな。しかし僕の前で死ぬなら、それは医術の進歩に等しい。誇りにかけて、患者の死を無駄にしない。必ず次に繋がる何かを読み取ってみせよう」
「やっぱ目がマッドなそれなんスよね〜!これは駄目なんじゃないっスか?町の疫病を治したのはこいつじゃないし、哪吒とは違う感じっスよ!」
「…はっ、なんだそういうことか。僕が哪吒と同じように、あの神の所業に不満を持っていると思っていたのか?そんなわけないだろう!」
ガネーシャの言葉に、アスクレピオスは合点したらしい。嘲笑を浮かべると、苛立ちを滲ませる。
「あのな。不出来なものが世界から消えていく?いいじゃないか。当然じゃないか。優れているのに消されるよりずっといい。そんなことをする愚かで臆病な神より、ずっといい。ギリシャの神は狭量だった!奴らは正しくない。正しくない行いで僕を罰した。優れている僕を、優れていることを理由に殺した。この世界はその真逆だ。優れている者が生き残り、劣っている者が消える!正しい世界だろう!」
「その末に、世界がどうなってもいいというのですか!」
「…?人が絶滅さえしなければ、医術は必ず役に立つ。安心しろ、なんとしても僕の患者だけは生かしてみせる。当然だ。そのために、あらゆる犠牲を積み上げるのだから」
アスクレピオスの言い分は、確かに彼の人生を考えれば納得ではあった。死すらも超克した医術、ただそれは、彼にとって研鑽の結果でしかなく、アスクレピオスはただひたすら、医術に取り組めていればそれで良かった。
逆に言えば、アスクレピオスにはそれしかないのだ。
「…立香、これ以上は時間の無駄だ。当初の予定通り、神の将を討伐する目的を達成するべきだ。アスクレピオスに与えられたローカパーラとしての神性は恐らくヤマ、日本では閻魔、北欧にはユミルとして伝わっていく世界史上でも最も古い神の一柱だろ」
「なるほど、冥界の神ね。アスクレピオスにも縁があるわ」
「そこまで理解していながら戦う意志を示すとは。まさに、馬鹿につける薬はない、ということだな」
アスクレピオスがそう言った瞬間、突如として広い通りの地面から次々とゴーストやグール、ゾンビが現れた。
数百体にも及ぶ死者だ。冥界の神にして閻魔大王の源ともなった古い神、ヤマの権能だろう。
アーサーはもとから剣を出現させていたが、早々に風王結界を解除してその刀身を露わにする。
「マスター、数が多い。恐らく増え続けるだろう」
「あぁ、この辺り一帯のすべての死者を倒すまで終わらないだろうな。立香はアスクレピオスに集中してくれ、周囲の掃討と市民の避難は俺がやる」
「任せた!」
簡単に手はずを整えると、唯斗はギルガメッシュを呼び出した。
すでに通りは突如として現れた亡者の大群に、人々が悲鳴を上げながら建物に逃げ惑って入っていく混乱で満ちていた。
「斯様な死者の群れに我を呼び出すとはな」
「冥界で死者の群れに囲まれてただろ」
「たわけ、あれでもエレシュキガルの管轄下にあった魂だぞ。強引によその英霊に与えられた神性が呼び出した亡者とは訳が違うわ」
そう言いながらも、ギルガメッシュはすぐにゲートを大量に開門する。そして、すぐに大量の魔杖による光線を放った。
一瞬にして数百体の亡霊やゾンビたちは消失し、塵となって通りを吹き抜けていく。
しかし、ラクシュミーやラーマと交戦するアスクレピオスは、再び大量の亡者を地面から出現させた。
「くそ、分かってはいたけど、桁違いだな。アーサーも接近する個体をメインで頼む」
「承知した」
アーサーは唯斗とギルガメッシュに近づく個体を剣で切り伏せていき、ギルガメッシュは逃げ遅れた市民や建物に被害が及ばないようにしながら、精密なコントロールで魔杖の光線を亡者たちに当てていく。
一方、立香が呼び出した牛若丸とともに、ラクシュミー、ラーマ、マシュ、ガネーシャはアスクレピオスを集中砲火で攻撃し、攻撃を確実に通していくが、アスクレピオスの蛇による攻撃であまり近づくこともできていない。
そこに、ギルガメッシュがおもむろに視線を空にやった。睨み付ける眼光は極めて鋭い。
「ギルガメッシュ…?」
「…時間切れだな。これ以降は生存を優先せよ」
そう言って、ギルガメッシュは自らカルデアに戻る。いったい何かと思っていると、ボーダーのホームズからも焦ったような通信が入った。
『全員すぐにその場を離脱したまえ!』
『想定してなかったわけではないけれど…!』
「無知な患者こそ事態を悪化させる行動を取りたがる。時間をかけるから…来てしまったぞ」