創世滅亡輪廻ユガ・クシェートラII−1


アスクレピオスを倒しきることこそできなかったが、アルジュナとも会敵した上で生きて脱出できただけで十分だろう。
南の町を離れ、なんとか逃げおおせた一同だったが、不運とは重なるもので、ディーヴァールの町は聖獣に襲撃されて壊滅していた。

ギリギリのところで間に合ったため、人的被害は最小限に留まっているが、もはや町としての機能は期待できない。
翌日からドヴァーパラ・ユガとなる、カリの襲撃を耐えきれないであろうことから、いったん近くのビーチュに移動することにした。

その日のうちにビーチュの町に到着したため、町長も憐れんで迎えてくれたものの、予想通りというか、ドヴァーパラ・ユガになった次の日には態度を一変させ、出て行くように迫ってきた。
ビーチュの人々も呼応し、ディーヴァールの人々との諍いすら起こり始めたときだった。


『外からカリの反応!人同士の戦いはもちろんだけど、カリとの戦いも好ましくないなー!』


ダ・ヴィンチが通信で知らせた次の瞬間、ビーチュの広場を囲む建物の屋根にカリが出現した。
すでに町の外れからは悲鳴が聞こえてきており、家や壁が破壊される音が合間に轟く。煙も立ち上り、まるで初めてこの町に来たときのようだ。


「ドヴァーパラ・ユガになった瞬間、人心は乱れカリが現れる…マジで単純な法則だな」

「マスター、どうする?」


エクスカリバーを構えたアーサーは、すでにこちらを狙っている近くの屋根のカリを見上げている。
戦い方は同じだ、近距離と遠距離を両方確保する。


「アーサーは広場内での近接戦闘メインで頼む。エミヤ!」

「またこの町か」


アーサーはすぐにカリに斬り掛かる。同時に現れたエミヤは、周囲の状況からすぐに戦い方を理解した。


「私はあの塔から狙撃する、ということでいいね」

「その通りだ、カリに襲われている人がいたら近距離戦闘に移行してくれ」

「了解した」


エミヤは広場の地面を蹴ると、広場に面する大きな建物の鐘楼に登り、そこから狙撃を開始する。
立香も、ガネーシャとラクシュミー、マシュを広場内で指揮しており、ペペロンチーノがそれを援護する。ラーマは付近での遊撃戦闘で市民を守るために戦っている。

すると、もともと戦っていたディーヴァールの人々に、ビーチュの市民も加わり始めた。
どうやら同じ市民が戦っているのを見て、ただ祈るしかできない恐怖を耐えかねて、自ら武器を手に取ったようだ。
その中にはアジャイの姿もある。アーシャを守りながら斧を持って戦っていた。

人間ではカリと一対一では戦えないが、徒党を組んで陣を形成し、カリを牽制しながら近づいたタイミングで攻撃し追い払う。ラクシュミーの指導が生きていた。


「やはり…最も民を奮い立たせるのは、同じ民の姿だ。ただの王妃でできることなど、たかだ知れている」

「そう、だね…」


ラクシュミーの言葉に、立香とマシュは視線を落とす。戦っている民衆の姿は勇気づけられる一方で、立香たちの気持ちもよく分かる。
この戦いの果てに待つものは、異聞帯の消失という、この世界の終焉なのだから。

その表情をラクシュミーも疑問に思ったらしい。


「…?お前たちは、たまにそういう表情をする。抵抗を広げる、と決めたときからだ。民たちが戦うことに問題があるなら教えてくれ」

『そういえば、空想樹を切除したあとのことは詳細には語っていなかったな。話すかどうかは任せるよ』

「い、今はそれどころじゃ…」


ホームズはそのあたりについては現地のマスター裁量としたようだ。とはいえ、今この場で話せるような内容ではない。ゴルドルフも通信越しに立香の言葉をくみ取った。


『その通りだ。今はそのときではない。少なくとも、戦いの片手間に話すべきことでは、ないのだ』


いまだに、北欧のゲルダのことを思い返すことがあるのだろう。思えば、北欧あたりから、ゴルドルフの人となりがより素直に出てくるようになったと思う。


「ラクシュミーさん!お約束します、後で必ずお話しすると!今はとにかくカリを…っ!?」


するとそこに、突如して市街地の外からカリを狙った超遠距離狙撃が始まった。一撃でカリが吹き飛ばされる。


『向こうから来ちゃったか…!アーチャー、ウィリアム・テルが町の外にいる!』


どうやらウィリアム・テルが向こうから来てしまったらしい。カリを狙っているのは、神の将が聖獣を管理する立場である以上、その数を調整することが目的だろう。

ペペロンチーノは、不自然な軌道を描いて市街地の外からカリに直撃する矢を見て顔をしかめる。


「アーチャーといえど異常だわぁ。神性の力かしら?どう思う?唯斗ちゃん」

「哪吒やアスクレピオスの例を考えれば、ある程度、親和性のある存在が宛がわれるはずだ。空気中を不自然に進む軌道…北西のローカパーラ、ヴァーユじゃないか」

「風天ね、確かに道理だわ。まぁ、ウィリアム・テルの逸話を考えれば、絶対に当たる、という性質が元からあってもおかしくないけれど」


その直後、ウィリアム・テルの矢がカリを僅かに外し、カリを吹き飛ばしたはしたものの、大きく地面を抉った。その威力を窺い知れるクレーターに、マシュが後退してくる。


「マスター!唯斗さん!あの矢が本当にカリだけを狙うか分かりません、お二人とも私の盾から出ないようにしてください!」

「わかった、助かる」


唯斗と立香はマシュの盾の後ろに控える形となり、サーヴァントたちが広場周辺での戦闘を各自で行う。矢はほとんどカリを直撃するが、カリを減らせればいいという魂胆だからか、その影響範囲は度外視されている。


「唯斗、ウィリアム・テルってどんな英霊?」


今のうちに情報を得ておこうと思ったのか、立香は周囲を警戒しながら唯斗に尋ねる。今更、会話で互いに集中力が途切れてしまうほど戦いの初心者ではなかった。


「ウィリアム・テルは15世紀頃に活躍したとされるスイスを代表する英霊だ。当時、オーストリアのハプスブルク家の支配下にあったスイスにおいて、悪代官であるゲスラーが理不尽な命令に従わなかった腹いせに、罰としてウィリアム・テルの息子の頭にリンゴをのせて、それを射貫くように命じたところ、見事に撃ち抜いたっていう伝説が有名だな」

「まさにアーチャーって感じだ…でもそれだけ?変な話、英雄って言うには、息子を守る父親って感じの話だけど」

「そこもポイントだろうな。ウィリアム・テルは息子を守ることに成功したけど、ゲスラーに投獄され、連行される道中に逃げ出してそのままゲスラーを暗殺、それが契機となってスイス同盟はスイスとして独立する戦争を起こし、現在に続くスイス連邦が成立することになるんだ。現代でもスイスにおける最大の英雄であり、スイス独立の象徴だ。でも、ウィリアム・テルの功績はあくまで父親として息子を守った、っていうところに終始する。だからこそ、家父長制のスイスやドイツでの人気が高かった」


その後、ロッシーニによるオペラ「ウィリアム・テル」の序曲は世界的に有名になり、日本でも運動会やバラエティ番組のBGMとしてメジャーなものとなった。


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