回顧−5
魔術が使えない彼らは、崩れる足場、迫る瓦礫、崩壊する建物の上から降り注ぐ土砂によって唯斗から注意が逸らされただろう。
さらに、唯斗は土砂に魔力を行き渡らせたため、このエリア全体に唯斗の魔力が一時的に満ちており、この煙の中で唯斗の魔力反応を追跡することは、あと3分間程度は不可能になる。
視界に強化をかけてクリアにしつつ、唯斗は足にも強化をかけてその場を飛び出した。自分に向けて降り注ぐ瓦礫や土砂は結界で弾きつつ、恐らくベリルやデイビットが接近してくるであろう西側ではなく、カドックたちがいる東側へと進んでいく。
さすがにこれだけの質量を転移させたことで、ズキズキと魔術回路が痛む。これは擬似的な痛みだ。シミュレーションでは外傷の痛みは発生しないが、魔術についてはその使用量の感覚を掴ませるために、演算から消費魔力量を測定し、それが人体に与える影響を意図的にフィードバックさせるのである。
そして、キリシュタリア、オフェリア、ヒナコ、カドックがいる場所に近いところでいったん足を止めて様子を窺う。
まだ辺りには唯斗の魔力を籠めた土煙が満ちているため、一時的に魔術回路を閉じた唯斗のことは見えていない。迷彩も一応かけているが、この視界の悪さがなければすぐに看破されてしまうお粗末な代物だ。
「おいどうするんだキリシュタリア、この魔力じゃ接近に気づけないぞ」
カドックの低く苛立ったような声が聞こえる。それをオフェリアがたしなめた。
「分かっているわ。魔術の行使は禁止されていても、私の魔眼なら…」
「だが実際には魔眼の使用にも魔術が必要だ、そうだろう?」
オフェリアの提案にキリシュタリアは柔らかく否定する。真面目にこの設定を守ろうとしているらしい。
そして唯斗は、喋っていない魔術回路の持ち主がヒナコであると特定したため、ヒナコのすぐ頭上に大きな瓦礫を出現させる。
「ヴァズィ」
「ッ!!」
息を飲んだヒナコだったが、瓦礫を避けられず、頭を思いきり瓦礫にぶつけて倒れる。
さらに、唯斗はその場に躍り出てヒナコを別の瓦礫で押しつぶし、その上に乗ってヒナコの頭に指先を突きつけた。
「ぐ…っ、やってくれるわね」
「悪いな」
そのあたりでようやく煙が晴れて、キリシュタリアたちの驚いた表情が見えるようになった。
崩落した瓦礫の上で、カドック、オフェリア、キリシュタリアがこちらを見て動けなくなる。瓦礫の下敷きになったヒナコと、ヒナコの頭に指先を向ける唯斗。
「動くな。動いたら殺す」
「な…っ、人質…!?」
オフェリアは驚いてから、表情を険しくした。思ったよりもずっと難しい訓練だと気づいたようだ。
キリシュタリアは一瞬だけ微笑んでから、表情を真面目に戻してこちらを見据える。その目力の強さは、まさに生まれながらに高貴にして強者のものだ。
「目的はなんだ」
「えっ」
そこまで深い設定は当然ない。しかしキリシュタリアは、交渉という方法に打って出た。確かに、魔術が使えず、戦闘に弱いヒナコを人質に取られていては、交渉というものが手にはなるが、これには唯斗が困ってしまう。
「………」
「………」
沈黙が落ち、カドックとオフェリアは「考えてなかったな」と即座に理解して、この沈黙を途端に気まずそうにした。
するとそこに、別の二人が現れた。まったく救いの手ではないはずなのに、そう感じてしまう沈黙だった。
「まっ!ヒナコちゃんが人質に!!」
「敵魔術師を補足しました。ヒナコさんは負傷しています、恐らく動けません」
ペペロンチーノとマシュだ。最初に分断させた際にキリシュタリアたちから離れていたのはこの二人とベリル、デイビットだったのだろう。マシュは魔術などは使えないが、身体能力はずば抜けているため、このデイビットやペペロンチーノについて行けたようだ。
「うお、人質取られてんじゃねーの!やっちまったなキリシュタリア!」
単独行動に入っていたそのベリルとデイビットも、すぐにこの場に現れた。唯斗の魔力反応を追跡できるようになってからの行動の速さはさすがだ。
正直、この二人だけだったなら人質諸共殺していただろうが、この場にはキリシュタリアたちもいる。ベリルとデイビットにとって最も抑止となるのは、敵ではなく味方だ。
デイビットは唯斗を見て、驚いたようにする。