創世滅亡輪廻ユガ・クシェートラII−21
唯斗が地上に戻ってきたときには、すでにすべての戦闘が終了していた。ペペロンチーノはコヤンスカヤとともにギリシャ異聞帯へと移動しており、リンボはなんと、蘇生の薬で擬似的に再現界したアスクレピオスに倒されたものの、あくまで式神による仮の姿だったらしく、そのまま消えていった。
ラクシュミーは、異聞帯の人々を滅ぼすための戦いを否定しつつも、それでも、輪廻を信じるインドの人間だからこそ、この世界の人々が正しい輪廻の先で救われることを祈り、退去していった。
ガネーシャはしばらくこの地の人々に寄り添うらしく、ラーマもすでにカルデアにいることもあって退去。
こうしてボーダーとカルデアだけになったところで、立香とマシュは、最後にアーシャに会うことを決めて、ビーチュに戻ることを提案。
ダ・ヴィンチもホームズも複雑そうにしながらも、立香たちの意思を尊重して、ビーチュへとボーダーを走らせた。
ビーチュに到着した頃には、異聞帯17日目の夜を迎えており、半壊状態の広場にて、偶然にもばったりアーシャと出くわした。
「あっ、お兄ちゃんたち!びっくり!」
立香、マシュ唯斗、アーサーの4人で広場に入ったところで、アーシャと再会する。アーサーは少し離れたところで待機しており、実際には3人で話すことになる。
マシュは言いづらそうにしながらも、ここに来た目的を話し始める。
「今日は、アーシャさんにお別れを言いに来たのです。それと、説明を」
「…どういうこと?」
「アーシャちゃん。もう、神様はいないよ」
「はい。この世界は、間違ったユガの輪廻を強いられていました。その間違った輪廻の中に、あなたが、何を忘れてきてしまったのか。知るべきではないのかもしれません、きっと辛いことでしょう、それでも、私たちには、伝えなければいけないことが…」
言いよどむマシュに、アーシャは視線を落とす。いつも明るい彼女からは考えられない沈んだ表情だった。
「ああ…そっか。そうなんだ。やっぱり私、何か忘れてるんだね。そんな気はしてた…ねぇ、だから教えて。私が忘れちゃった、大切なもののこと」
もう神のいないインドで祈りを捧げたところで、誰も叶えてくれない。それなのに、祈るしか術のない子供に、どうしようもない事実を突きつけるのは、とても残酷なのかもしれない。
しかし、アーシャがアジャイを、アジャイがアーシャを、とてもとても大切に思っていたことを知っているからこそ、その感情を、本人に「返さなければ」ならないと思ったのだろう。
唯斗も、どうすべきかは分からない。これが本当に正しいことなのかも、きっと誰にも自信はなかった。
それでもアーシャは聞く意志を示し、意を決して、マシュと立香はアジャイのことを話した。
「…そっか。私にも、お父さん、いたんだ。びっくりは、しないよ。だって、家にいるときも家を出るときも、誰かの名前を呼びたくて、でも呼べなくて、なんでだろうって思ってたから。そっか。そっかぁ…」
「っですが!ですが、納得なんて、しないでください!あなたのお父さんは、アジャイさんは、不出来な人なんかではありませんでした!」
「…うん、わかんないけど、分かるよ」
アーシャはようやく小さく微笑んだ。悲痛な顔をしているのはむしろマシュの方だったが、アーシャはマシュほどの痛みを浮かべていない。
これこそが、インドの思想が、神話が目指した、人の在り方だ。
「ねぇ、間違った輪廻だったんなら、正しい輪廻もあるのかな?」
「え…?」
「間違った輪廻でお父さんがいなくなっちゃったのなら、正しい輪廻なら、会えるかな。……会いたい、な」
手をぎゅっと握りしめて小さく言ったアーシャに、唯斗はその前で膝を着いて、そっと頭を撫でた。少し驚いたようにしつつ、アーシャはポカンと唯斗を見つめる。
「会えるよ。次に再会して、またお別れしても。その次の輪廻でまた会える。その次も、その次も、ずっと。もう、不要なものや不出来はものをなくしてしまう神はいない。だから、正しい人、良い人、誠実な人、優しい人。そういう人間であろうとする限り、必ず、何度だって、また会えるんだ」
宗派にもよるが、基本的に生まれ変わる際には、前世で近しい関係の者はまた近しい存在として生まれ変わる。前世の親は今世の子に、今世の親友は来世の兄弟に。それを宿縁、宿世という。
もう、アルジュナ・オルタのように、一方的にある時点での結果だけで人を判断し消してしまう存在はいない。これからは、ほんの一瞬の時間だけだとしても、この世界の人々は、「どんな人間か」ではなく、「どんな人間であろうとしたか」こそが大切なこととなるのだ。
それが、現実と向き合い、これを乗り越え、より良い人生を目指した、東アジア思想の源流なのである。