創世滅亡輪廻ユガ・クシェートラII−22
「…うん、そうだね。ありがとう、お兄ちゃん!」
嬉しそうに笑ったアーシャになんとか笑い返して、唯斗は立ち上がる。
アーシャはいつもの明るい笑みを浮かべていた。
「じゃあ、おばさんたちが心配するから、そろそろ帰るね。お兄ちゃんたちはまた旅に出ちゃうんだよね。ちょっと寂しいけど…また会えるよね。いってらっしゃい!また遊びに来てね!!」
手を振って走って行くアーシャに、同じように手を振り返して見送る。
その姿が見えなくなったところで、立香はマシュに声をかけた。
「…マシュ、もういいよ」
「っ…!」
耐えきれず、マシュはボロボロと涙をこぼした。荒れた地面に水滴がこぼれ落ちていく。
「うぅっ…!これが、とても傲慢な行為だと、分かっていても…私は、話すべきだと、思って…アーシャさんに、伝えたくて…でもそれは、ただの罪悪感で…不誠実なことだったんでしょうか…!」
「…そう、かもしれないね」
立香もさすがに答えられず、俯いてしまう。そこに、通信でホームズが言葉をかける。
『さて、答えを出すにはまだ早いだろう。なんであれ、我々は世界を救うために活動しているのであり、それを個人的感情で貶めてはならない。マシュ、君が今まで受け取ってきたすべては、正誤もなく、今の君を形作るかけがえのないものだ。それを同じように…我々の行いも、形作るべき何かを形作るために必要なものだと思いなさい』
「…はい…っ!」
珍しく、ホームズが導くようなことを言った。この男にもそういうことができるのだと思うと少し新鮮ですらある。
フォウが心配そうに鳴くと、マシュは微笑んで涙を拭った。心の整理はついたらしい。
そうして、最後のタスクであるネモの証憑機構の励起儀式を行うべくボーダーに再び乗り込むと、これまで通り、寝室に立香と二人になる。アーサーは気を利かせて席を外してくれていた。
立香と二人きり、というのは、インドでは初めてのことだ。
扉が閉まって少しして、まだ立ったままだった唯斗に、後ろから立香が抱きついた。
「…ごめん唯斗、俺…」
「謝ることじゃないだろ」
唯斗は体の向きを変えて、正面から抱き留める。といっても、立香の方が身長も体格も勝っているため、唯斗が抱き込まれる形だ。
その背中を摩ってやると、立香は唯斗の肩に顔を埋めて、体を震わせる。
「…自信、ないよ。マシュの言ってた通り、俺、めちゃくちゃ残酷なこと、したのかな。俺たち、傲慢なこと、したのかな…!」
「俺たちの言葉に対してアーシャが感じたことはアーシャだけのものだ。そんで、こうやってアーシャに向き合って俺たちが感じたことは、俺たちだけのものだ。正しいか間違ってるかじゃないし、どれだけ傲慢だと糾弾されたって関係ない。これが傲慢なことかもしれないと恐れながらも向き合って、名前を呼んで、言葉を交わしたことは、なんであれ、俺たちにとって大切なことだったんだよ」
「うう…っ、なんで、ただ、生きたいだけなのに、こんなこと…!」
押し殺したように泣く立香によって、右肩は濡れている。黒い礼装のため目立つことはないだろうが、立香はデッキに出るのを少し待った方が良さそうだ。
「とにかく、俺たちはここまで来た。4つの異聞帯を滅ぼした。なら、最後まで責任は果たそう。やるべきことをやり遂げたそのときに…後は知らねぇっつって、トンズラするか」
「…ふは、うん、そうだね…ッ、!」
泣きながら笑う立香の背中をもう一度摩りつつ、唯斗は無骨な電灯を見上げる。
なぜだか、頭が少しぼうっとする。霞かかったような感じだが、魔力不足のときや出血多量のときとは異なる。意識は明瞭だ。
明瞭なのに、なぜか考えられないような感じがしていた。
見えない何かが溢れそうで、ため息をついてしまいそうで、すべてを投げ出してしまいそうで。こんな感覚になるのは初めてだったため、困惑してしまう。
特定の感情ではなく、状態と言った方がいい。
強いて言うなら、第六特異点のあと、ガウェインを巡る一連の問題に苦しんでいたときのようだった。
だが、あのときのように何かに悩んでいるわけでも、恐れているものがあるわけでもない。至って健康で、心身共に正常なはずだ。
いったいこれはなんなのか。理解できないまま、ボーダーが発進する音をぼんやりと聞いていた。