沈殿する澱み−3
「そこまでです。いい加減になさい、このガウェイン、マスターに害成す存在であれば、マスター・藤丸のサーヴァントであれど処断します」
さすがにガウェインは怒りを滲ませる。唯斗をただ守るためだけではない、あの戦いで唯斗が感じたこと、決意したこと、そうした当時の感情まで貶されないように、そこまで守ろうとしてくれているのだ。
その圧倒的な威圧感に、ゴッホはびくりと震える。同時に、光とともに、初期の姿に戻った。
大きなひまわりに縋るようにして弱々しく立つ姿になると、顔を蒼白にさせる。
「ご、ごご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…!死にます、死んでお詫びします、だから…っ!」
ガクガクと震える様子に、ガウェインもいったん怒りを引っ込める。霊基を変化させることで心の持ちようも変えてここに来たと言っていたため、こうしてデフォルトの姿に戻ったことで、気弱で脆弱な精神状態になっていた。
ゴッホの霊基がいかに不安定なものであり、それが狂気に等しい精神の錯綜を彼/彼女に招いているか聞いていた唯斗は、もう十分だろうとガウェインを制する。
「ありがとうガウェイン、もう大丈夫だ」
「…承知しました」
「ゴッホも大丈夫だ、もう怒ってない。いろんな英霊がいるんだ、あんたのその歪な在り方を否定しない」
圧をかけるガウェインを下がらせ、もう一度唯斗はゴッホと向き合った。ゴッホは虚ろな目で唯斗を見上げて、ようやく謝罪を止めた。そして、訥々と、この状態に至った経緯を説明し始めた。
「………ずっと…死にそびれのような生活しかできず…何もなせず…テオや、ゴーギャンちゃんにも…迷惑をかけ続けて…カルデアの皆様にも…多大なご迷惑をおかけした上でここにやってきて…そんな私にとって…痛みだけが、救いなんです…痛みがあって初めて、ゴッホは安堵と、役に立てる実感を得られるのです…」
「…痛みがないと、役立っている、必要とされうる役割を果たせている、っていう実感が得られないんだな」
「はい…唯斗様は…マスター様にとって、マシュ様とは別の意味で…必要不可欠な存在です…虚数空間で…マスター様は、唯斗様がおられないことをひどく不安に思われていて…とても、羨ましかった……あのレオナルド・ダ・ヴィンチ、シャーロック・ホームズすら、私の霊基を精査中に、あなたの意見を聞こうとしていた…カルデアにとって、あなた様は、それだけ、必要な存在で…なのに、もとは社会に弾かれた存在で…人に、疎まれた人生で…」
立香やダ・ヴィンチたちのくだりは初めて聞いたが、ゴッホはそうした様子を見て、唯斗を羨ましいと感じたそうだ。同じフランスの地で生活して、そして周囲から疎まれ忌み嫌われていた唯斗の生活も聞いていたのだろう、そんなところに、一種のシンパシーもあったようだ。
「…唯斗様に、自分を重ねて…唯斗様の痛みを追想できれば…ゴッホも、少しは、擬似的な安堵を得られると…そう、思ってしまったのです…」
「そっか。でも、ゴッホがいなければ立香は帰ってこられなかったはずだ。もう、すでにあんたは必要な存在だと思うけどな。やばいヤツは他にもいるし、これからも立香のこと、支えてやってくれ」
「え…」
ゴッホは唯斗の言葉がたいそう意外だったようで、ポカンと見上げている。そして、ようやく、狂気のない穏やかな微笑を滲ませた。
「…ありがとう、ございます…お優しいんですね…ふふ、トリスメギストスIIが…唯斗様をあの作戦に同行させなかった理由、分かる気がします…」
「そうなのか?」
「…思うに…あの狂気の満ちた空間は、私や、楊貴妃ちゃんの狂気に唯斗様が当てられてしまえば…簡単に崩壊していたでしょう…セイレムにも似た状況、でしたから…もしあなたが狂気に当てられておかしくなってしまえば、きっと、あまりに甚大な被害が出ていました…マスター様には、狂気や、心の澱みや毒を中和する存在がいますが…、唯斗様にはいません…あなたが狂えば、ボーダーは帰投できなかった…そう、ゴッホは思うのです…」
確かに、セイレムの狂気によって、唯斗は危うくアーサーに村そのものを全焼させるよう命令するところだった。フォーリナークラス独特の狂気は、唯斗にはあまりに危険な毒なのだろう。
ゴッホがそう言うのなら、確かに唯斗が同行していれば、極めて悲惨な結果になっていたかもしれない。