沈殿する澱み−5
10月に入り、唯斗は召喚ルームにやってきた。ノウム・カルデアの召喚ルームに来るのは、再契約を行ったとき以来となる。
今日は、ダ・ヴィンチたちの方針に従い、新規サーヴァントの召喚を行うことになっていた。
現在、唯斗のサーヴァントは、再召喚ができていないマーリンを除いて10騎。エクストラ以外のクラスはすべて揃っているが、ランサー、アサシン、バーサーカーは1騎ずつ、他は2騎ずつとなっている。
この手札の多様性をより高めることで、過酷な戦いが続く異聞帯の攻略に役立てる、というのがカルデア首脳陣の方針だ。
これまで少数精鋭としてやってきた唯斗だが、それほどまでに過酷な状況が異聞帯では続いてきたし、これから予定している大西洋異聞帯の攻略にも必須となる。
そのため、唯斗はこうして召喚ルームにやってきた。
唯斗が新しいサーヴァントを召喚するのは、勝手にやってきた長可を除けば、第七特異点の後に召喚したマーリン以来となるため、実に1年半以上ぶりだ。
なんだか久しぶりのため緊張感がある。それに、最後にこうして新規召喚を行ったときは、まだロマニがいた。
今は、幼い姿のダ・ヴィンチと、少し大人びた立香とマシュが控えている。時間の流れを変なタイミングで感じてしまった。
唯斗は手をかざし、魔力を籠めて詠唱を開始する。マシュの盾と召喚式が青白く輝いた。
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」
そして詠唱を終えた直後、膨大な魔力の霧が召喚式から噴き出した。これまでの比ではなく、オジマンディアスやアーサーを召喚したときにも似た魔力放出量だった。
大物が来た、というのは全員が理解している。
緊張感がマックスになったところで、霧が晴れて、中からふわりと浮き上がる人の影。独特の尻尾が揺れ、霧を少し払った。
その姿に、唯斗を含む誰もが呆然としただろう。
「サーヴァント、バーサーカー、アルジュナ。我が身は悪を滅ぼすためにあり、悪は滅ぼされるべきものなり…」
これまでも異聞帯の存在が召喚されたことはあったが、まさかインド異聞帯の神、アルジュナ・オルタが召喚されるとは思わなかった。
スカディや始皇帝には、人を愛して慈しむ心があったが、アルジュナ・オルタからは感じられなかったからだ。
カルデアの召喚は英霊の同意が必要なもの。であれば、アルジュナ・オルタも人理に手を貸すために召喚に応じたことは間違いない。
「…あー…えっと、マスターになった雨宮唯斗だ。ちょっと驚いてるけど…協力してくれるん、だよな?」
「…、唯斗…マスター。記憶しています……異聞帯でのことを。私が滅ぼすべき悪は…もはやユガによって帰滅するものではないが…何が滅ぼすべき悪か……汎人類史における悪とは何か……あなたの隣で、確かめることとします」
悪を滅する、という行動原理はそのままに、それを汎人類史においても応用して協力してくれるらしい。いったいどういう心境で召喚に応じたのかは分からないが、戦力としては心強い。いや、少し心強すぎるか。
ダ・ヴィンチも唯斗とアルジュナ・オルタのところまで来ると、幼い姿では首がきつそうな角度で見上げる。
「はじめまして、万能の天才ダ・ヴィンチちゃんだ。それで、アルジュナ・オルタ。さすがにこうして現界した状態では、異聞帯でのような神性は落ちている、ということでいいのかな?」
「…肯定する…すでに、私のうちに神々はなく…その権能、神性の残滓が、我が力となっている…宝具も、世界創変を成すものではない…概念において、その存在を裁断し、悪であればこれを滅するもの…物理的な、広範囲の破壊を伴うものでは…ない……」
「そうか、概念としての存在を破壊するものであって、物理的な破壊ではないのか」
「一種の概念宝具、ある意味では固有結界にも近しい仕組みだろう。インド神話らしい。それなら、マスター君にも影響はない。うんうん、戦力としては非常に頼もしい!頑張って仲良くなってくれたまえ!」
「仲良くって…」
アルジュナ・オルタはよく理解していなさそうにする。どう考えても、普通のコミュニケーションが取れそうな相手ではなかった。こういうのは立香の領分だったはずだが、ついに唯斗にもお鉢が回ってきたらしい。