沈殿する澱み−6
「………」
「………」
とりあえずアイスブレイクでもしておいで、とダ・ヴィンチに言われ、二人で廊下に出て歩き出したのはいいが、まったく会話がない。
つい先日殺し合い、さらには異聞帯を滅ぼした側なのだ。そもそも、唯斗はコミュニケーション能力がまだまだ低く、ここのところ初対面というのがあまりなかったことや、新規召喚が1年以上の間を開けてのことだったこともあって、余計に難しい状況だった。
考えてみれば、唯斗が契約したことのある11騎は、みんな唯斗よりも人間的に成熟した者たちばかりで、彼らにコミュニケーションはリードしてもらっていたと言ってもいい。
本来は難しい相手であっただろうサンソンに関しては、唯斗の心がまだまだ未熟だったグランドオーダー初期のサーヴァントだったため、そもそもこんな悩みを抱く殊勝さはなかったし、何よりフランスに生きた者として伝えたいことを優先したという経緯がある。
左隣でふよふよと浮いて進んでいるのを見上げ、いったんそれについて聞いてみよう、と唯斗は口を開く。
「…あのさ、どうやって浮いてるんだ?」
「……?どうやって歩くか、と問われ、答えられるのですか…?」
「……確かに。愚問だったな」
「些事……」
「………」
「………」
絶望しかない。
唯斗はここにきて、自分の基本的なコミュニケーションスキルのなさを呪った。
なんだこの空気は、地獄か、と内心では騒々しいことになっているが、二人の間には依然として沈黙が続くばかり。
すると、意外にもアルジュナ・オルタから話しかけてきた。
「…マスター…あなたは、あのインドの地にて…自らを、もとは不出来で不要な存在だったと…それでも、人理を救う旅によって、変化したのだと…そう、述べていましたね……」
「…あぁ」
ガネーシャたちの奮闘によってアルジュナ・オルタの神性を大きく下げたあのとき、アルジュナ・オルタはカルナに問いかけ、カルナは人間である立香と唯斗にその答えを託した。
その際、唯斗は、人間の可能性に最も価値を見出していたインド文明においてそれを否定するのは許せないと答えた。
死後の世界に逃避しようとしたインダス川より西の文明と違い、インドでは現実を直視し、この世界でできることをしてから来世に祈った。今の自分が変わるために、今の自分が目の前の苦難を乗り越えるために、信仰があった。
だからこそ、グランドオーダーを経て変わることができた唯斗は、そんなインドの思想を否定する異聞帯が許せなかったのだ。
「…あのときそう述べたあなたが、いったいどんな旅をして、どんな変化を経たのか…私は、それを知りたいと……関心を、持ったのです…」
「……そっか。なら、少し話そうか。過去のこと、前のカルデアのこと。どうせ、もう血みどろの戦いをやっちゃった事実は変わらないんだ、腹割って話すしか、最初からなかったな」
変に小手先で会話すればいいわけではない。少し空回ってしまった、と恥ずかしくなったが、唯斗はアルジュナ・オルタとお互いに考えていることについて、すべて話をしてしまうことにした。
きっとその方が、これからもやりやすい。
「アーサー、いるだろ」
「…、あぁ」
廊下に声をかければ、隠れていたアーサーが出てくる。念のための警戒をしていたのだろう。相手が相手だ、カルデアの召喚に乗ったからといってそれだけで信頼する気はないらしい。
「俺とアルジュナはこれからシミュレーターに入る、体の方はアーサーが見ててくれ」
「…なるほど。確かに妥当だ、プライベートな会話をしつつ安全を担保できる」
唯斗も完全に油断する気はない。二人きりが危険で、しかし二人きりで話をするのなら、精神だけ二人きりになれるシミュレーターに入ればいい。
体はアーサーに監視してもらえれば安全は保てる。
そうして、唯斗はアルジュナ・オルタとアーサーを連れてシミュレータールームに向かい、シミュレーター用のコフィンに入って目を閉じる。ストレージをプライベートに設定し、場所はせっかくなので、フランスを指定する。
不思議と、先ほどまでの緊張や焦りはなくなっていた。