沈殿する澱み−7


シミュレーター内に再現されたフランスの草原。アルジュナ・オルタは周りを物珍しそうに見渡した。いや、そう見えるだけで、特に何かを思っているわけではないだろう。
初めて見る西欧の草原を観察しているだけだ。


「ここ、俺が昔暮らしてたフランスのデータなんだ。まぁ、俺がいたのは北西のブルターニュ地方だから、これよりもう少し、起伏に富んだ素朴な風景なんだけどな」

「マスターの…故郷、ですか?」

「いや、故郷は日本。父親がフランス人と日本人のハーフで、母親が日本人だから、俺はフランス人と日本人のクオーターだ」

「…、どちらの人種も…インドには、いない」

「あの異聞帯はそうだろうな」


唯斗は少し歩いて、近くに見えていた丘を上る。浮遊してついてくるアルジュナ・オルタとともに、なだらかで小ぶりな丘の頂上にやってくると、見渡す限りの緑に息をつく。現実で感じるであろう爽涼感を、演算で模しているに過ぎないものだったとしても、やはりこういう光景は良いものだ。


「…この光景は、悪ではない……」

「インド異聞帯にも悪である光景なんてなかったよ。たとえ、カリ・ユガの時期であっても」

「…?なぜ」

「人が必死に生きてた。人心の惑うカリ・ユガであっても変わらず、家族を守り、友人を心配する心があった。だから、悪じゃなかった、と、俺は思う」

「……、」


唯斗は言葉を続けないアルジュナ・オルタの隣で、草原を見渡しながら腰を下ろした。草の上に腰掛けている感覚の再現は極めて正確だ。
アルジュナ・オルタは不思議そうにしながらも、なぜか唯斗の隣に座る。


「座る必要性を感じない、みたいな考えかと思った」

「必要性は、ない…しかし、今はマスターに倣うことで…あなたの考えを、より理解する手助けになるのではと…」

「そっか、それくらい聞こうとしてくれてるんだな。ありがと、じゃあ、ちゃんと話すよ。ここの会話は誰にも聞かれないし、記録もされない。好きなように喋っていい」

「もとより隠すこともなし…」


風を受けてゆらりと揺れる尻尾を一瞬見てから、唯斗は視線を前に戻す。せっかくなら、最初からきちんと話してみようと思い、少し言葉を迷ってから、口を開く。


「…俺の父親は、フランスと日本、それぞれの召喚術の名家同士のサラブレッドとして生まれたんだ。魔術師の知識は現界で得ているだろうけど、まぁ、大差ない。でも父親は、普通の一般人の女性と恋に落ちた。親戚から反対されながらも結婚して、絶縁状態になって…でも、俺を産んだことで、母親は亡くなった。俺の魔術回路と、母親の魔術回路が反発して耐えられなかったんだ」

「…母子ともに健康でいることは…太古の昔より、難しいことでした…生まれることの、生むことの叶わない命は…不出来…しかし、私が消すまでもなく…自ずと命を落としている以上、意識することは…なかった……今の私は…あらゆる命に対して…それを、語る資格はありません…当然、あなたの母君のことも…」


アルジュナ・オルタは現界に際して、やはり異聞帯の神としての性質ではなくなっている。罪の意識、とまではいかないが、過ちだったとは理解しているようだ。


「…父親はそれにショックを受けて、俺の存在を疎ましく思った。それで、基本的には存在を無視してた。フランスに引っ越して、伯母が俺の世話をしてくれたけど、人種的なことを理由にひどく当たられてた」

「それは、疑いようもなく、悪、ですね…?」

「そうだな、これは分かりやすいな」


唯斗は苦笑してから、高い青空を見上げる。空を突き刺すように聳えていた巨石、メンヒルを眺めながら過ごすしかなかった幼少時代。誰も味方はいなかった。


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