沈殿する澱み−8


「それから日本に戻ったんだけど、実は父親の目的は、召喚術を応用して母親を蘇生することだった。カルデアから盗んだ術式と、俺の体を触媒にして、英霊召喚を転用して、死者蘇生を図った」

「…無謀。エネルギーが、等価ではない…」

「その通り。俺は死にかけて、父親は実際に命を落とした。そのときに一瞬だけ、偶然にも召喚されたのがアーサーだ」

「異世界の…騎士王…世界を、渡り歩く者…ということでしょうか…?」

「うん、アーサーはビーストを追っている。異世界のマーリンの魔術によって、アーサーは世界を渡り歩いていて…その転移のときに、俺の父親の術式に巻き込まれたらしい。アーサーは、初めて…俺を、守ってくれた。助けてくれた。心配してくれた。初めて、だったんだ…俺が生きることを、望んでくれたのは」


実際には、母もそうであったことを知っている。あの小特異点で知ることができた。
いずれにせよ、当時はアーサーが初めてであったことには変わりない。


「そのあと、魔術協会は禁忌を破った上に神秘を世間に一部明かしてしまったことで激怒して、俺をロンドンに呼び出して尋問したあと、時計塔からも魔術協会からも家系ごと追放して、俺をフランスの親戚の家に住まわせた。近くで監視するために。幼少期よりもっとひどい目に遭って、俺は、フランスのことが、大嫌いになった。しばらくして日本に戻れることになって、俺は日本で気楽な一人暮らしを始めたんだけど、すぐにアニムスフィアに呼び出されて、カルデアにやってきた。そして始まったのが、ソロモンの魔術回路が受肉した存在、ビーストIゲーティアによる人理焼却と、その破却の旅。グランドオーダーだった」

「…あなたの人生は…とても、世界を救う、という行動原理となりうる要素が…ないのでは…」

「はは、こんな神性高いヤツにまで言われるなんてな。その通りだと思うよ、自分でも」


またも唯斗は苦笑いする。こんなにも情緒も人間性も喪失した終末機構であるアルジュナ・オルタですらそう思うのだ、それが自然なことだった。


「…アルジュナが言うとおり、俺には世界を救うモチベーションなんてなかった。でも、カルデアで生き残った以上、働かざる者食うべからずだから、レイシフトしかできないなら応じた。うん、自分からわざわざ死ぬ理由も無かったから始めた、って感じだな。だから、最初は予備員のマスターなんて言って、立香に全部背負わせてた」

「…、」

「悪だろ?」

「…はい。しかし、今のマスターからは…想像がつきません…」


グランドオーダー初期の唯斗の話を聞いて、アルジュナ・オルタは困惑していた。それもそうだろう、あまりに態度が違う。


「きっかけはここだった。フランスに発生した第一特異点。そこでグランドオーダーの最初の旅が始まって…ここで一緒に戦った英霊たちを見て、俺は、彼らが守ってくれたこの国なら、少しは守ってやってもいいと思えるようになった。それがだんだん積み重なっていって…アーサーやサーヴァントたちとも出会って…俺は少しずつ、人間性、ってやつを獲得していった」

「………」

「グランドオーダーに取り組む理由が明確になったのは、第六特異点のあと。第六特異点で俺は立香の身代わりになって死にかけたんだけど、そのとき初めて、死にたくないって思った。そこまで俺が変わってまで、グランドオーダーに従事していたのは、俺が歴史に居場所を見出していたからだった」

「歴史に…居場所を……」


風が吹いて、アルジュナ・オルタの白い髪がふわりと揺れた。灰色がかった肌を撫でる髪の毛を見遣ってから、唯斗は話を続ける。


「そう。フランスでも日本でも、俺は基本的にずっと苦しい思いをしながら生きてた。誰からも存在を認められなくて…お前が異聞帯で言っていたところの、不出来にして不要な存在だった。そんな俺が唯一、居場所として感じていたのが、歴史を勉強している時間だった。歴史の延長線上に自分が生きているっていう実感だったんだ」

「世界そのものに…居場所を感じていた、というような…?」

「そうそう。俺が歴史を取り戻す戦いに命をかけられたのは、無意識に、それを守りたかったからなんだと思う。そうやって、周りから得られたものや、自分の中に最初からあったものに気づいていくことで、人間性を得ていって…グランドオーダー、その残党狩りのレムナントオーダーを終えた。そして今度は、異聞帯を巡る戦いが始まって、アルジュナに出会った」


一通り話したところで、アルジュナ・オルタは合点がいったように、どこかすっきりとした面持ちで平野を見つめた。


「…なるほど…。理解、しました…人間は変われることに…最も期待した文明であるインド…それを破壊した私にあなたが怒りを示したのは…他ならぬ、あなたが…変化の末に、価値ある自分を、見出したから……その価値は、あなたと、あなたの周りの者たちにしか…分からないものであっても…」

「あぁ。で?これからアルジュナはどうすんの。何を悪として、何を善とするのか、答えは出そうか?」

「…いえ、まだ少し…しかし、あなたの傍で、それを考えることと…しましょう…マスターの近くにいれば…見えてくるやも…」

「…、そっか…」


こういうところはさすが神というか、唯斗の意向も聞かないまま、唯斗の傍に控えることを決めてしまった。しばらくの間、唯斗の近くで善悪の基準を探すのだという。
どういう結論に出るかは分からないが、基本的には好きにさせたいと思っている。もしもカルデアや人理に徒なす方向に行きそうになったら口を出すだろうが、それまでは、アルジュナ・オルタ自身の考えに寄り添おうと思った。


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