沈殿する澱み−9
それからというもの、唯斗は一日の多くの時間をアルジュナ・オルタと過ごすことになった。
アルジュナ・オルタは常に唯斗の後ろを浮遊して近くに滞在しており、ことあるごとに唯斗に質問を投げかけた。
初日はあれほど会話に絶望していた唯斗も、さすがに短いやりとりが何度も続けば慣れる。
他のサーヴァントたちも警戒を解いたものの、一方で常に唯斗の傍に陣取るのを、アキレウスあたりは不満げにしていた。「俺だってマスターをずっと傍に置いときてぇのによ」と言っていたが、アルジュナ・オルタが唯斗の近くにいるのであって、アキレウスは自分が唯斗を傍に置くという極めて自分本位な目線である。そういうところも大英雄らしさがあって、唯斗は一貫したその姿勢が好きだった。
アルジュナ・オルタは、そうした唯斗とサーヴァントたちとの会話に始まり、微小特異点の光景や過去の記録、シミュレーターに再現された事物に対して様々な質問を投げかけた。
特に、感情に対する質問が多い。とはいえ、たとえば「悲しいときに泣くが、嬉しいときにも涙を流すことがある」くらいのことは知っている。そう感じることはなくても、知識としてはあるのだ。それは、元がアルジュナだからだろう。
アルジュナ・オルタの感情に対する質問は、主に唯斗がサーヴァントと接しているときに発せられる。
例としては、長可が「俺以外のバーサーカーなんざ呼んでんじゃねェよ殿様ァ!」とキレた際、それを宥めた唯斗を見て、「なぜ嫌そうにしないのですか」と尋ねた。むしろ、唯斗が少し嬉しそうに見えたようだ。そのあたり、よく見ている。理解しようと、極めて注意深くこちらを観察しているらしい。
長可も、そんな人間離れしすぎた様子に怒りを引っ込めていたほどだ。
唯斗はその質問に対して、「長可ならではの、俺への気持ちの現れ方だから。それだけ俺のために在ろうとしてくれていることが嬉しいんだ」と返し、長可もそれで機嫌を直していた。
つまり、アルジュナ・オルタの質問とは、そういった人間の描く非常に精緻で複雑な心の動きとその表出方法に関するものであるということだ。
また、善悪に関する質問もよくしてくる。
これも例に挙げると、汎人類史についてある程度説明しているとき、よく歴史上の出来事を善悪で尋ねてくる。
たとえば、「インドをはじめアジアを支配したイギリスは悪か」という質問に対して、唯斗はイギリスの功罪どちらも答えた。その上で、「善であろうと悪であろうと人類の文明と歴史を前に進めたことは確かで、それについて、善悪で語ることで気持ちの整理をつける人もいれば、ありのままを受け入れる人もいて、自分は後者だ」と語った。
そうやって過ごすうちに、アルジュナ・オルタの神性を段階的にコントロールすることになり、霊基を再臨させることで、その性質を変質させることになる。
アルジュナ・オルタは白髪から黒髪に変わり、口調ももう少し明朗なものになったが、それでもやはり一問一答の会話が続いた。
それを見ていたアーラシュは、「ちびっ子のナゼナニ期みてぇだな」とからから笑っていたが、アルジュナ・オルタはそれに対して少しむっとしているように見えた。極めて僅かな感情の発露だったが、それが見られたというだけで、内心唯斗は驚いていた。
あともう一段階、霊基は再臨され得るというが、ダ・ヴィンチ曰く、そうなるかは今後の唯斗とアルジュナ・オルタの関係性次第であるらしい。
霊基の再臨は、たとえばマシュであればギャラハッドの能力をより引き出し宝具を完成させることに繋がっていたし、ゴッホもクリュティエの神性を表面に呼び出すことができるようなものだ。
アルジュナ・オルタの場合、肉体の性能はむしろ下がっているようだが、不思議と、劣化しているとはまったく思わなかった。