沈殿する澱み−12


斎藤は軽くそう笑ってから、すっとこちらを見据える目線を鋭くした。思わずびくりとしそうになったが、すんでで堪える。これは殺気ではないが、敵意に近しいものを感じる。ピリッとした空気になったため、アルジュナ・オルタは一気に警戒心を高めた。


「僕さぁ、ついさっきやっとカルデアのすべての記録を確認してきたのね?君らのグランドオーダーの旅路から、インド異聞帯まで全部。まだマスターちゃんとは出会ってそんな経ってないけど、まぁ、これでもだいぶ大事に思ってはいるわけ」


そう言って、斎藤は唯斗への眼光をきつくする。


「…今さら寄り添ったところで、お前がグランドオーダーの初期に、マスターを一人にして苦しめたことは変わらねぇ。ただの一般人のガキに世界なんて背負わせて、肝心の魔術師の方のマスターまで人任せとくりゃあ…マスターがどれほど苦しかったことか」

「ッ、」


唯斗は息を飲む。どうやら、斎藤は唯斗に釘を刺しに来たらしい。グランドオーダーの旅を知って、それなりに大事に思っている立香のことを苦しめた唯斗に、それを忘れるなと言いに来たようだ。あるいは、そう言うことで、こちらの出方を窺い、唯斗が己のマスターにとってどれくらい有益な存在か見定めるつもりなのかもしれない。いや、後者だろう。ただ感情的に牽制に来るような人物ではないはずだ。

なんと答えたものか、と思っていると、意外にもアルジュナ・オルタの方が先に口を開いた。


「…マスター、質問です」

「え、どうした」

「…話したいと思っていた、憧憬を向ける相手に冷たくされたのであれば、人は…あなたは、傷つく。その理解で、相違ないでしょうか…?」

「っ、」


アルジュナ・オルタは唯斗の感情を尋ねてきた。ここのところは回数がめっきり減っていたもので、今回の質問も、疑問ではなく確認だ。
斎藤は、憧れの相手、というのを聞いて少し気まずげにする。


「…、まぁ、そうだな。その認識で、間違い、じゃない…」


はっきり言うこともできず、唯斗は視線をそらして肯定する。それを聞いたアルジュナ・オルタはバチッと火花を散らして、右手の手の平にエネルギーの塊を浮かべ始めた。


「え、ちょっ、アルジュナ!?」

「…ならば、貴様は邪悪…そう、そうだ、簡単なこと…マスターを傷つけるものは、すべて、邪悪なり…!」


どうやらアルジュナ・オルタは、善悪の判断基準に明瞭なものをひとつ設定してしまったらしい。唯斗に害を為すもの、傷つけるものをすべて悪だと断じる、そんなシンプルな基準を設けたようだ。
殺気と、莫大な魔力が集積する様子に、斎藤は焦りを浮かべつつ刀の柄に手を添える。これではここで戦闘になってしまう。


「待った、待ってくれアルジュナ!大丈夫だから!」

「……、あなたの、命令であれば…」


アルジュナ・オルタは渋々といったように光を霧散させる。部屋には依然として緊張感があるものの、魔力と殺気による張り詰めた空気ではなくなっていた。

斎藤も落ち着いたようで、浮かせていた柄を戻す。唯斗は早くこの場を離れた方が良さそうだと判断して、先ほどの問いへの答えを返すことにした。


「…斎藤さん」

「…なにかな」

「さっきの、わざわざ指摘して関係性が悪化するとか、立香のパフォーマンスが下がる蓋然性が高まるとか、そんなことも認識できないで言ったのか」


今度は唯斗がまっすぐに斎藤を見据える。斎藤は感情の読めない表情でこちらを同じく見つめ返していた。


「あんたのその牽制は、立香にとって、人理にとって意味のあることなのか。それって、ただの…あんたの自己満足なんじゃねぇの」

「っ、」


言葉を考えていた唯斗だったが、もう言葉を選ばずに直球で言ってしまうことにした。もう面倒だったからだ。
言葉に詰まった斎藤を放って、唯斗はアルジュナ・オルタとともに出口へと向かう。そして、斎藤の横を通り過ぎて廊下に出た。


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